A040-寄稿・みんなの作品

【寄稿・エッセイ】 片づける=三ツ橋よしみ 

【作者紹介】

三ツ橋よしみさん:薬剤師。目黒学園カルチャースクール「小説の書き方」、「フォト・エッセィ」の受講生です。

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片づける=三ツ橋よしみ 三ツ橋よしみ

  
 
 昨年、母がなくなった。遺品を前にして、姉とふたりで整理した。家の二階に、衣装箱が40個ほどあった。洋服、セーター、上着、コート、着物などがぎっしりだった。値札のついたまま、衣装箱のなかで流行遅れになってしまったワンピース。黄ばんだ絹のブラウス。箱を開けるたびに、20年、30年の時がよみがえった。
 作業のはじめは、リサイクルが出来る服はないか、一つひとつ傷み具合をチェックしていた。ところがあまりの品数に、目と心が疲れた。結局、目をつぶって、機械的にゴミ袋に詰めこんだ。

「お母さん、なんでこんなに洋服を、買ったのかしら。同じようなものばっかりじゃない」
 とわたしが言うと、姉が母のかたをもった。
「人のことはいえないのよ。わたしたちだって似たようなものよ。洋服ってなぜか増えちゃうのよ。お母さんの遺伝かしら。街へでかけるでしょ。デパートに立ち寄る。ショーウインドウによさそうな服がならんでいる。近くによってながめる。値札をちらっと見ると、おもったより高くない。店員さんが寄ってきて、『お買い得ですよ』とか、『今年の流行なんです』とか、耳元で言う。そして、ちょっと身体にあわせてみようかしらと思う。鏡をのぞく。『よくお似合いですよ』とかなんとか言われる。『そうかしら』とまんざらでもない気分。『こんど旅行に行くときに着ようかな』と思う。そして気がついたときは、もうデパートの紙袋をかかえて家にかえる途中。はな歌なんか歌ちゃってるのよ」

「それって衝動買いじゃない?」
 と言うと、姉が首を振る。
「ぜんぜん違うとおもうけど。だって大切なのはプロセスなの。洋服を見つけて鏡をみる。そのときにいろいろなことを考えるでしょ。この服にはあの靴はどうか、あのバックはどうか。お友達と行く海外旅行にはどう? クリーニングはできる? 縫製は大丈夫? 服を選ぶとき、頭の中をかけめぐる様々なおもい。すごく脳を使ってる感じがするわ。すごく集中してるの、服を選んでいるときって。その時間の興奮が、たまらないのよ」
 
 その後、今年になって、姉夫婦が引越しをした。
 一軒家を手放し、世田谷のマンションにうつった。長年住みなれた一軒家には愛着もあったが、六十五才をすぎて、庭の手入れが億劫になったらしい。買い物や病院が遠く不便だったこともあって、狭いが便利のよい都会のマンションを選んだのだ。バリアフリーで小さなテラスがついていた。老夫婦にはこれで十分よと、姉は言う。

 母の山のような遺品にこりてか、姉は引越し前に多くのものを処分した。食器棚、机、本棚、本、衣類など、結婚以来の思い出がつまった品ばかりだった。
「泣く泣く捨てたの。だってマンションは収納が少なくて入りきらないもの」
 リビングは、小さなテーブルとソファだけで、閑散としていた。
「洋服、たくさん捨てたの。もう着るものがないくらい」
 姉は、紅茶のティーカップを、両手でつつみこんだ。
「捨てなきゃよかったって、後悔してるものもあるの。さっきも、確かあの服があったはずって、さがしはじめたの。そして気がついた。あれもう捨てちゃったんだって。もうないんだって。それってとっても悲しい」
 姉はため息をつき、紅茶をのんだ。縁が金色で、小花の模様が愛らしいカップ。捨てられずに残した唯一のカップだという。磁器の乳白色がつやつやしていた。

 すっきり何もないマンションの一室で、白髪が目立つようになった姉はすこし寂しそうだった。

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