A040-寄稿・みんなの作品

【寄稿・エッセイ】小鳥のさえずり=三橋よしみ

【作者紹介】

三ツ橋よしみさん:薬剤師。目黒学園カルチャースクール「小説の書き方」、「上手なブログの書き方」の受講生です。児童文学から大人の現代小説に転身しました。


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                     作者HP:恵比寿 代官山 中目黒 美人になるランチ


 小鳥のさえずり     文・写真 三ツ橋よしみ

 朝はやく、小鳥のさえずりで目が覚めた。枕元の時計は4時を回ったばかり。寝床から抜け出て、窓のカーテンを少し開けてみた。東の空が薄紫色にそまっている。

「ヒーヨ、ヒーヨ、ヨー」
 指笛のような鋭い鳴き声が、高い空から聞こえた。周辺の人々はまだ眠っているのだろう。どの家の窓も暗く、門燈のオレンジ色だけが妙に輝いていた。通りには人の影すらなく、早起きの新聞配達のバイクだって、まだやって来はしない。

(おはよう小鳥さん、あなたって早起きね。澄んだとてもいい声だわ。わたし、あなたの声が好きよ。前の住まいには、あなたのような鳥はいなかった。名前はなんというの? わたしは都会育ちだから、鳥の種類をぜんぜん知らないの)
 そんなふうに語りかけた。

 先週、わたしは中目黒から祐天寺に引っ越してきた。距離にすれば、1キロばかりの引っ越しだが、環境がまるで違う。
 祐天寺には広い庭のある家が多い。高い木々にかこまれた家。蔦(つた)のからまったレンガ塀。古くからの重厚な住宅が建ち並んでいる。

 
わたしの新居の近くには、蛇崩川(じゃくずれがわ)の緑道がある。緑道は曲がりくねり、中目黒まで続く。道ぞいの花壇には、日々草花が彩りをそえている。春過ぎても、桜の並木が散歩する人々に、木の影をなげかけてくれる。こんな新鮮な光景があるのだ。

 空が帯状に明けてきた。「ヒーヨ、ヒーヨ」と鳴く鳥は、向かいの民家のテレビアンテナの上にいた。それもアンテナの一番はしに、ちょこんととまっている。
 目を凝らしてみた。近眼のわたしにはどんな鳥なのか、よくわからない。灰色で、スズメより少し大きめ。尻尾がすっと伸びている。わたしがカメラを構えると、サッと飛びたってしまった。

 それからのヒーヨちゃん(勝手に名前をつけた)は、毎日、明け方と夕方に、決まってアンテナに止まり、乾いた声で鳴いる。夫に鳥の種類を尋ねてみたが、彼も都会育ちで知らなかった。
 どうしても知りたくて、近くの図書館でしらべてみた。
「スズメより少し大きな、灰色の鳥」は、すぐに「ヒヨドリ」だとわかった。「甲高い声で鳴く」とも説明があった。


(なあんだ、ヒヨドリか)
 ヒーヨ、ヒーヨと鳴く鳥を、「ヒヨドリ」と名付けるなんて、なんて単純なんだろう。種類がわからなかったうちは、様々な名を思いめぐらして、ワクワクしていた。「ジョウビタキ」とか「ナイチンゲール」とか、響きのいい名前じゃないかなあ、と。
図書館にむかう時だってスキップして行ったのに。鳥の名前がわかってみたら、がっかり。新人スターを発掘したつもりが、すでに有名人だったのだから。

 You Tubeで「ヒヨドリの鳴き声」を検索してみた。出てきたネット映像では、少し太ったヒヨドリが騒々しく鳴いていた。
(うちのヒーヨちゃんのほうが、ずっといい声だわ。ヒーヨちゃんは、よその子と違うんだわ)

 ヒヨドリの繁殖期は6月、7月だから、きっと近くに巣があるはず。メスが卵を温めている。父親のヒーヨちゃんは、子供のために巣を守っているのだ。彼の縄張りによそ者が来ないように、テレビアンテナの上で見張っているのだろう。

 私が引っ越してきて、ひと月ほど経っていた。
 ある朝、ソファーで新聞をよんでいた。ふとした気配から、視線をあげると、目の前にヒーヨちゃんがいた。窓の向こうの電線にとまってこっちをじっと見ている。手を伸ばせば届きそうな、そんな距離だった。青灰色の羽で、目の下がすこし茶色だ。図鑑でみたとおりだった。英語で「Brown Eared Bulbul」という、その名にぴったりの姿だ。

 ヒーヨちゃんは、ちらちら、私のほうを見ている。少し口を開けて、顔を左右にちょっちょっと振った。灰色と茶のおしゃれな羽に、すぅっと伸びた尾羽。上品なイギリス紳士のような姿だ。窓にかけよると、鳥はすぐに飛び立った。

 わたしは、この町の新入りである。ヒヨドリは、縄張りに現れた、怪しい者を、チェックしにきたのだ。わたしは、彼の面接に合格しただろうか。
 陽が射す窓から顔をだすと、ヒヨドリは羽と尾羽を美しく広げて、円を描いて飛んでいった。
                       おわり
 

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