A040-寄稿・みんなの作品

【孔雀船より転載】バルチック艦隊見ゆ ─《鋼鉄の色は薄墨》望月苑巳

出港前夜。
軍艦三笠の水雷管長に電報が届く
恐る恐る開くと
「ハハキトク、スグカエレ」の文字が
幽体離脱のように浮かび上がる

陸では
港を出てゆく軍隊と
駆けっこをしているバカがいる
一説には
彼は蝶を追いかけて
堤防に紛れ込んだのだというが定かではない

今なら電話一本で済む連絡なのに
危篤も葬式も
時間が時間を食っている時代だから
むなしさもゆったりと訪れるのだ

水雷管長は故郷へ帰っただろうか
バカは堤防から落ちなかっただろうか
それとも日本海へ向かったのかも知れない
電報のことを無視し
蝶を目隠しし
バルチック艦隊を目がけて
水雷を発射するために
幽霊のような愛国心を発射するために

いま蝶はバルチック艦隊のマストに止まっている。

*バルチック艦隊とは、当時世界最強と言われたロシアの海軍だが、日ロ戦争における天王山といわれた日本海海戦で、東郷平八郎率いる日本艦隊に敗れた。


【関連情報】

望月苑巳(もちづき そのみ)さん:日本ペンクラブ会員 会報委員会・委員
                  詩人、映画評論家


孔雀船77号・発行:孔雀船詩社編集室 頒価700円
          TEL&FAX 042-577-0738

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