A038-元気100教室 エッセイ・オピニオン

宝くじ 廣川 登志男

 神社の境内は、休日のためか多くの参拝客で賑わっていた。
 広い境内の一角に遠目でもわかる人だかりがあった。そこでは、かなりの人が、黄色い長財布らしきものを取り出し額に押しつけるようにして石造りの塊りをなでている。

 何だろうと近くに寄ってみると立て札があり、そこに「宝くじ高額当選亀 なで亀」と大書してあった。さらに、「これまでの当選金額が30億円越え」と記されている。
 これはすごいと、私たち夫婦もなで亀の背中・頭・足・尻尾と、いたる所を撫でまわした。

 今年のゴールデンウィークに、茨城県ひたちなか市にある酒列磯前神社(さかつらいそさきじんじゃ)を訪れたときのことだ。

宝くじは、これまでも相当買ってきたが成績は芳しくない。というより惨敗に近い。買うのはジャンボくじだけで、一回あたり30枚9,000円の投資をする。
 累計ではかなりの高額になっているはずだが、これで当選したのは、必ず当たる6等300円と、過去に数回、五等3,000円が当たった記憶しかない。
 余りの不成績に、最近はとんとご無沙汰していた。


 しかし、今回はご利益がありそうだと、帰宅してからというもの、家内と目を合わせてはほくそ笑んでいた。
「仕事で東京に行っているのだから、有楽町の、よく一等当選が日本で一番多いという窓口で買ってきてよ。この黄色いくじ入れも渡しておくね」
「了解。だけど、お金くれよ。身銭切って買うのなら僕の取り分を多くするよ」
「えー。分け前欲しいって言うの。そんなの、うちじゃ、あり得ません」
 一旦口に出したら、梃子でも動かないのが家内だ。こっちも「そりゃそうだ」と思ってしまうので、仕方なしに引っ込んだ。


 それにしても、そう簡単に一等が当たるはずもあるまいと、冷静になるのが理系の私の性分だ。そこで、パソコンを使ってシミュレーションを試みた。

 よく使う乱数の関数と、検索機能を用いた。1回の購入枚数を30枚(9,000円)として、30のセルに関数を入れた。
 そして、昨年のサマージャンボ一等当選番号で検索して、合致するセルがあるか調べた。
 20回調べてもまったく合致しない。一回30枚程度の購入では無理か。そこで、一回300枚としたが、結果は同様だった。シミュレーションは諦めた。

 そもそも、この問題は確率論だから、計算で解いてみようとトライした。

 サマージャンボの賞は、一ユニット単位(=1千万枚)に一等から六等まで設定されている。一枚しか買わないときの一等当選確率は単純で、0・00001%(一千万分の一)。とてつもなく小さな値だ。逆に、一千万枚の全部を買えば、一等から六等まで全て当たることになる。

 賞金総額は13億7,000万円になる。一千万枚の購入額は30億円だから、16億3千万円の赤字となる。こんなことをする人はいない。

 小遣いの少ないサラリーマンが買うやり方として、私がしている一回30枚9,000円程度を前提にすると、一等当選確率は、30枚を一千枚で割り返せばよいので、0・0003%。この確率だと33万三千回買えば、買っている間に一回は一等当選を果たす。

 年一回の購入だから、33万3千年のどこかで、一回は当選することになる。気の遠くなる話だ。

 そこで、年5回あるジャンボに、毎回9,000円(30枚)を50年間続けたとしよう。それでも一等当選確率は0・075%だ。
 これは、1,333個のパチンコ玉から、50年に一回一個を取り出し、それがたった一個しかない色付きの玉を引き当てるに等しい。
 奇跡と言われるような引き当てだ。ある数学者は、何かの記事で、絶対に宝くじは買わないと言っていた。

 こう考えると、宝くじに興味を持つこと自体、何とも虚しくなってしまう。


 加えて、宝くじで億単位の高額賞金を当てた人の、その後の人生はハッピーどころではなく、かなりの人が悲惨な人生を送っているそうだ。

「折角当てたのだから、自分へのご褒美」として、ほんの少し高額のものに手を伸ばす。
 この「ほんの少し」が車・旅行・宝飾品などに広がり、あっという間に現金がなくなってしまう。

 もちろん、企業サイドも、急にお金持ちになった人の財布を紐解くための研究は、し尽くしている。
「私だけはそんなことにはならない」
 と断言する人ほど危ないらしい。

 今回の検討で、なで亀から生まれた野心が吹き飛んでしまった。もう買うことはないだろう。

 ところで、平成29年の宝くじ販売総額は約8千億円。その使途はあまり知られていない。調べたところ、概算だが、5割の千億円が当選金として還元される。
 1割の800億円は印刷代や販売経費である。残りの4割、3,200億円は、全国の都道府県と20政令都市に分配されて公共事業などに使われる。
 一枚300円の4割120円は、公共事業などに使われる寄付金なのだ。

「この売り場から一等当選者が3人出ています」などの甘い言葉で、一攫千金の夢を宝くじに載せて人は宝くじを買うが、当選せずに夢破れてもまったくの丸損ではない。


 投資額の4割は立派な寄付金なのだ。これで公共事業などが鋭意推進される。「どんなもんだ」と、意地でも思いたいだろう。

イラスト:Googleイラスト・フリーより

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