A038-元気100教室 エッセイ・オピニオン

恥ずかしさを越えて 井上清彦

 今年4月、大型連休の直前の1週間、京橋の「ギャラリーくぼた」で、「元気に百歳」クラブ、スケッチサロン第1回「あとりえ一丁」水彩画展が開催された。私にとって、初めての水彩画展への出品だった。

 私は、前々から絵を描くことに憧れていた。安野光雅の風景画や、テレビ絵画講座の野村重存講師のテキストを見て、「訪れたところを、彼らのように描けたらいいな」と思いを募らせていた。
 夫の私の気持ちを知ってか、誕生日や古希の祝いにと、妻から長沢まこと『絵を書く、ちょっと人生を変えてみる』や玉村豊雄『隠居志願』(季節の野菜、花、果物などの絵入り)の本をプレゼントされた。


 かつて「水彩画を始めるなら、一度ちゃんとしたところで習わなければダメよ」と口を酸っぱく言われてきた。
 その気になって、絵画教室を探してみたが、なかなか合いそうな教室が見つからない。せめて形から入れとばかりに、10年近く前には、水彩画を描く一式、スケッチ用の座椅子まで揃えてしまった。



 2014年夏に「元気に百歳」クラブに入会した。1年後の同クラブの忘年懇親会の席で、スケッチサロン「あとりえ一丁」世話役の喜田さんから「絵を描きませんか、初めての人でも大歓迎ですよ」の誘いに、酒の勢いもあり「絵を描くのは小学校以来ですが、それでもよければ」と返事してしまった。


 その後。開催案内が来て、「武士に二言はない」と出席の返信をした。年明けの初舞台は、新橋にある港区の生涯学習センター「ばるーん」の教室だ。メンバーが持ち込んだモチーフの静物画が対象だ。
 午後1時から教室が始まって最初に喜田先生から、今日の絵を書くポイントの説明があり、それを念頭に置いて、描き始める。途中、先生からアドバイスを受けつつ、制作に励む。「もっとインパクトを付けて」とか「もっと汚して」とか先生独特の指導が入る。午後4時過ぎに描き終わる。
 私は、その間1枚を描くのが精一杯だ。メンバーのなかには、2枚描ける人もいる。皆さん、お上手で、スラスラ描き進めていて、こちらは焦り気味だ。それでも回を重ねるうちに慣れてきて、絵を描くことに集中している時間は貴重だと思えるようになってきた。
 先生から、「井上さんらしい絵ですね」と評されて、「個性を尊重する」という言葉にも励まされ、続けてきた。


 こうして、年月を重ねるうちに、「そろそろ作品を皆さんにご覧頂く機会を設けたら」という提案が先生から出てきた。
「できるかなー」という不安もあったが、展覧会の経験の豊富な先生の情熱も加わって、実現の運びになった。

 家に帰って、「今度展覧会に絵を出すよ」と伝えたら、間髪を入れず「あなたには、まだ早いわよ」と返ってくる。「全員参加なので、出すよ」と押し切った。

 いよいよゴーサイン。各自4点出品することになり、私は、教室で描いた絵しか手持ちがなく、家で候補作品を絞り組む際、「あなたの絵は、小学生並ね」と批評する妻の意見を聞いた。
 展示する候補作品を、直前の教室に持ち込み、最終的に先生の意見も伺って4点が決まった。注文した額が家に届いて、絵を入れると、拙い私の作品も見栄えが良くなる。「どうだ、結構見られるだろう」と問うと、珍しく批判は出ず、少し安心した。

 展示前日の日曜日の夕刻、会場で展示準備を終え、翌日からスタートする。期待と不安の入り混じった気分だ。会員で当番日を決めていたが、私は、連日、顔を出すことになった。妻は「每日行かなければならないの。あんたも好きね」と呆れ顔だった。

 事前に、案内葉書は、在籍日時と「生まれて初めての展覧会。上手より個性がモットーです」と一言添えて、知り合いに配ったり、郵送しておいた。始まって、知り合いが顔を見せてくれると、本当に嬉しい。「ここはいいとか、ここをもうちょっと直すといい」との言葉も素直にうなずける。

 他の出展者10名は、教室外で描いた作品も多くあって、興味深く、制作の裏話や工夫を聞けるのも、普段の教室後の懇親会とは異なって、風景画など勉強になることが多かった。

 そして何よりも、訪れる見知らぬ方々との会話が、得難い。自作について思いもかけず「気に入った」と言ってくれる時は、出品してよかったと思える瞬間だ。
 「元気に百歳」クラブの方々も、沢山顔を見せてくれてありがたい。 

 私の作品に対する批評もあって、作品名『夏の思い出』が良いとかとか、同『春近き卓上の花』は「マチスみたい」とか、『初モデルの喜田さん』は「本人に似ている」とか言われて気持ちがいい。
 知り合いから『初めてのニコライ堂』は「前景を入れた方が、遠近感が出るよ」との批評や「井上さんの作品は、人物も風景もあるし一番バラエティに富んでいるよ」との褒め言葉もある。
「オープニングパーティー」には、大勢が集まり、プレゼントのワイン等も豪華で、当クラブの例会や、忘年会などの行事に劣らぬ盛り上がりを見せた。

 7日間の展覧会が幕を閉じ、帰宅した。12日間のモロッコ旅行から帰国して、続けて1週間の展覧会を終え、さすがに疲れた。片や、ホッとすると同時に達成感がある。
 これからの制作に向けての意欲が湧いてくる。展覧会を開催して皆さんに見て頂くことは「恥ずかしいし、準備も大変だが、今後の成長のためには良いものだな」と思いを強くする自分がいた。  

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