夢の続き 田代 真智子
お店の名前は、ミニパーク。
『葛飾区立郷土と天文の博物館』から親水公園沿いをお花茶屋駅に向かって歩いていくと右側にひと際、目を引くお店がある。お店の入り口に赤い自動車『ミニクーパー』が飛び出している。車のナンバーを見ると3289 なんともユーモアを感じる演出だ。
さて、いったいお店の中は、どうなっているのだろうか。何のお店なのか、と数回通り過ぎては外から店内を覗いてみるが、よくわからない。
入口には、ジグソーパズルが何点か飾られている。店頭の看板には、「ホビー」と書かれ、ドアには、「TOMIX」?
思い切ってドアを開けると、そこには不思議な世界が広がっていた。
店主は、坂本修さん 79才。大阪で生まれで大学まで大阪で暮らす。現在の住まいは高砂で、毎日ジョキングでお店まで通っている。そして週3回は、奥戸で泳いでいるというから驚きだ。
鉄道模型の機材を売る専門店だった。お店の中央には、ミニチュアのレールがある。そこに『祝30周年』のお祝いの花が飾られていた。
取材の三日前、7月23日が、開店30周年の記念日だったのだ。
記念日を挟んで数日間ほど、お店を閉めて奥様と記念旅行に出かけていた、と話す。
坂本さんは、大学卒業後、『東洋インク』に就職し、定年を待たずに早期退職し、このお店を開業した。
奥様は、反対もせず、快く協力してくれた。お店の看板になっているミニクーパーのエピソードを訊いてみた。インターネットで読んだ(外国で買った)という話しとは、違っていた。
ビックサイト等各地で開かれている『ホビーショー』が、30年前にも年に数回開催されていて、そこで赤のミニクーパーのレプリカを見つけた。看板にどうかと勧められ、ご夫婦で相談して決めたという。それが真相だった。
電話番号は、「3289」か「3249」を希望していたところ、たまたま「3289」があったのだとか、縁と運命を感じる話しである。
平成元年7月、いよいよ開店を迎える。世の中は、『ガンダム』『ミニ4駆』『F1』などがブームで、こども向けのプラモデルや『ジグソーパズル』をお店に置いた。
そのパズルがお店の歴史を見守っているかのように今も店頭に飾ってある。
ミニパークのホームページを開いてみた。
【鉄道模型の在庫の最新情報をお知らせする目的で開設】と書かれている。
毎日、更新される在庫情報を見て、遠方からも問い合わせや注文が来るという。数少ない専門店は、鉄道ファンには、大切な存在であるに違いない。
「遠いとか、近くても来店できない人からも注文が来ますよ」と、全国各地から来る宅急便の控えの束を見せてくれた。
子供の頃から電車が好きで、よく親戚の人に電車に乗せてもらっていたという。
「模型が大好きだったが、その頃は買いたくても買えなかった」と小学校の頃の思い出を語ってくれた。
お店をやってうれしかったことや、いやな思い出とか聞かせてくださいと質問すると、にっこり笑って
「好きだった模型が店ごと自分のものになるって感動したな。いやな思いは、それは色々ありましたよ。開店して間もない頃、間違ったものを売ってしまって叱られ、届けに行ったこともあった。」
物静かな坂本さんは、お客さんとあまり会話をしないようだが、マニアの人には、そんな雰囲気が却ってこのお店の魅力なのかも知れない。親しくなったお客さんや友人と毎年、年賀状の交換をしていると話す。
去年の年賀状を見せてくれた。
そこに写る景色は、なんと坂本さんが造ったジオラマだ。
幼い頃から図工が得意だったと自負するほど、指先は器用である。
ショウケースの中は、楽しくなるほどのジオラマの数々が並ぶ。 旧歌舞伎座のライトアップもさることながらミニチュアの電車は、軽快にレールの上を走る。
店内の中央の置かれた鉢植えの奥には、模型用の塗料が、驚くほどたくさん並んでいる。最初に見たときは、(えっ、画材屋さん?)と思った。手作りのミニチュアの数々を見ると、実に細かく巧妙だ。そのためには、微妙な色の違う塗料が必要なのだと納得できた。
取材の途中でお客さんだ。
このお店に夢を買いにくるのだろうか。そこには、満足感を思わせる幸せそうな会話と笑顔がある。
『ミニパーク』の営業時間は、午後12時から夜の8時。
奥様は、毎日、お昼ご飯を作ってお店にきて、ふたりでテレビを観ながら食事をして過ごすのだそうだ。
幼い頃、電車が好きだった少年は、手先が器用で模型が好きだった。少年は成長し、大学を卒業し、会社員になった。退職後、まだ整備されていなかった親水公園の横に、小さなお店を開店させた。それから30年の時が流れた。移り変わる社会と流行、風景をお店と供に歩んできた坂本さんに、ロマンを感じずにはいられない取材だった。
写真・文・編集 田 代 真智子(かつしかPPクラブ)
取材撮影 2019(令和元)年 7月 26日
発 行 2019(令和元)年 9月 2日