A040-寄稿・みんなの作品

雨雨雨と、雨て読み? 廣川 登志男

 五月も中旬となった。先日、沖縄が梅雨入りしたと天気予報が告げていた。今年も早や梅雨の季節だ。この時期になると思い出す句がある。句と言っても、これは古川柳だと記されていた。漢文好きが高じて漢字に興味を持ち始めた頃に、強烈に印象に残ったものだ。『漢字遊び』(山本雅弘著)にあった。

「同じ字を 雨雨雨と 雨て読み」(作者不明)


 どのように読むかと、問いかけとなっていた。ずいぶんと悩んだが、それらしい答えが見つからない。古川柳だから、十七文字の読みがベースなのだろう。
 読み方は、「おなじじを あめ さめ だれ と ぐれてよみ」と書かれていた。

【雨】の字は、読み方が結構多い。「あめ」は当たり前の読み方で、「さめ」は【氷雨】、「だれ」は【五月雨】で、「ぐれ」は【時雨】だという。なるほどと納得した。特に、最後の「ぐれ」は語調が良い。それに、「ぐれ」は「ぐれる」の掛詞で、面白おかしく読みましたと解釈される。

 これは、日本語だからこその表現だし、トンチでもある。

 同じ字でも全く異なる意味を持つ熟語がある。【良い加減】には、二つの意味が辞書に載っている。読み方は、「よいかげん」でも「いいかげん」でもよいが、辞書には、両方とも同じ意味のことが記されている。
 一つは、お風呂などの温度が適切な状態で、入るとちょうど良いという意味だ。文字を反対にすればよくわかるが、「加減が良い」で、日本語大辞典では、①ほどほどであるさま・なまぬるいこと、とある。

 もう一つの意味は、②でたらめ・おざなり、とある。「いい加減な男だ」といった使い方だ。

 イントネーションの違いでわかりそうに思える。
 前者の意味では、「かげん」に力点を置いているようだし、後者の意味では、全体的に平坦なトーンとなるような気がする。万事においてこのような違いがあるわけでも無いのが難しい。

 漢字の熟語には、よく考えないと思いもかけない意味を表しているものもある。例えば、【親切】などは、外国人には理解不能な字のようだ。
 八年ほど前になるが、「外国人による日本語弁論大会」で、ネパールの専門学校生が「日本語のおもしろさ」と題して「親切」に言及していた。「おや」を「きる」と書いて、『情が厚く、丁寧なこと・さま』を意味するなんて理解できない、と。

 これなどは、日本人にとっては早くから覚える熟語だが、外国人にはどうしてそのような字を充てるのか理解できないだろう。
 個々の漢字の意味を調べると、「新字源」では次の説明になっている。

【親】①みずから。②親しむ、親しい。③みうち、みより。④おや(父母)。

【切】かなりの多義語であるから、簡潔にまとめられたものを引用すると、

(せつ)切る。こすり合わせる。ぴったりする。さし迫る。身に迫って感じる。しきりに。・・・
(さい)すべて。

【親切】は、「身に迫って親身に世話する」という、我々が普段から無意識に理解しているとおりの「情が厚く丁寧なこと・さま」の意味になる。
 ここで思うのは、単純にそれぞれの漢字から意味を推察するにしても、それぞれに、思いも寄らない意味が含まれていることに注意しなければならないことだ。

 特に【切】は「切る」とは全く違った意味をもっていて、こういう言葉・漢字の勉強が大事なのだろう。
 雑誌「武道」の本年一月号に「日本人の心根を考える」と題して、東京大学名誉教授・竹内整一氏が、「切なさ」について寄稿していた。
「切なさ」だけで、図表も入れて六頁四千文字にもなる説明が展開されている。確かに難しい内容だったが、興味あるものだった。その最後に、「切なさ」とは、『ある種の「耐えがたさ」であり行き場のなさである』とあった。序文だけ簡単に紹介する。

『幼い子どもたちは、「せつない」という言葉を使わない。「かなしい」「さびしい」は子どもたちにわかっても、「せつない」は、大人にならなければわからない、ある独特なニュアンスがあるからだ。また、これに該当する欧米語をもたない。それは、漢字「切」から発した独自な日本語だからである』。

 色々と書いてきたが、漢字には、その成り立ちからして意味があり、それを理解することは非常に大事だと思う。
 文字を書く、すなわち文章を書くにあたって、作家の人達は、行間の空気にふさわしい最適な文字を選択することで、自分の「思い」を読み手に深く伝えようと努力するのだろう。

 これまで私は、理学書や新聞・雑誌などを中心に読んでいたが、これからは、小説や詩集などにも目を通していきたいと思う。作家が、思いを込めて選び抜き充ててきた、興趣を覚える言葉・漢字を調べ、日本語のおもしろさをこれまで以上に勉強しようと思う。時間はかかるだろうが。

イラスト:Googleイラスト・フリーより

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