元気100教室 エッセイ・オピニオン

カジノ 石川 通敬

 政治家の発言や新聞記事に、聞きなれない外国語が最近以前より頻繁に使われるようになった気がする。例えばコロナウイルスで知った「パンデミック」「クラスター」だ。よほど博識の人でないと、ついていくのが大変な世の中だ。「IR」もその一つで、家内に聞くと、早速スマホで検索してくれた。

「それはカジノを含む総合型リゾートを意味するそうよ。」
 という。

 妻は比較的最近PC,スマホを利用するようになったが、私より若いせいか、使いこなし方のスピードが速い。伝統的勉強よりも検索能力のスピードが、大切な時代になったと痛感した出来事である。

 自分も負けてはいられないと、カジノについて検索をした。

 その結果まず思いだしたのが、ロンドンのプライベートクラブ「クロックフォード」だ。同クラブは駐在員時代によく利用したところだ。
 仕事が一段落すると同僚と、近くのパブや日本料理屋で一杯のみ、自宅への帰り道そこによりカジノを楽しむのがお決まりのコースだった。


 それだけではない。当時日本はバブルのピークに近づいておりロンドンもその余波を受けていた。日本から出張してくる国内の顧客のお世話に、大手銀行、証券会社はもちろん、一人、二人の駐在員事務所も押し寄せる人の波への対応に大わらわだった。

 大手銀行、証券会社では、支店長はじめ、数名の次長が手分けして、ロンドンを案内し、英国を満喫してもらう努力をしていた。

 そんな中で、私がよく使ったのが、今述べた「クロックフォード」だった。同クラブは二〇〇年前に設立された伝統あるクラブで、社会的地位のあるものや、大金持ちしかメンバーになれないと言われていた。

 それまでの常識では日本人が入れてもらえるところではなかった。それがバブルの恩恵だったのだろう、その頃は中間管理職の駐在員も大挙メンバーにしてもらえる栄誉に浴し、クラブライフを楽しめる時代になっていたのだ。


 仕事第一の駐在員にとって、そこは日本からの来訪者への最高の接待場所でもあった。と言うのも世界最高級の食事と酒が提供され、優雅な雰囲気でカジノを楽しめる場所を提供していたからだ。
 誇張すると、博物館で見る王宮に迷い込んだと錯覚させる雰囲気だったと言えるかもしれない。
 それ以上に心を奪われたのは、ゲームを取り仕切るディーラーだ。驚くほど素敵な美人たちで、美しいスタイル、目鼻立ちもさることながら、話す英語が澄んだ声で素晴らしかった。

 仕事で出会う大柄で、どすの聞いた低い声で話すアメリカンイングリッシュの女性達と仕事をする日本のビジネスマンにとって、その出会いはオアシスのように感じられたものだ。
 案内した人々も同じ印象をもったのだろう、


「素晴らしいところですね。ロンドンの良い思い出になりました」
 と一様に驚き、お礼を言われるとき、メンバーになっていてよかったと喜んだものだ。その意味で同クラブは、ロンドン時代の宝物だった。


 私がカジノを初めて体験したのは、ロンドンに駐在する十年ほど前で、職場の同期の連中と、マカオに行ったときのことだ。
 当時マカオは、宗主国ポルトガル自身が発展途上国レベルで低迷しており、その植民地マカオの街はゴミだらけだった。
 カジノの施設も汚く、働いているスタッフも粗野で、何となく恐怖心を覚えた。もしロンドンで、カジノに出会わなければ、私のカジノ観も違っていたと思う。


 ロンドンでのカジノの出会いに刺激され、その後狂ったように、ヨーロッでは出張や家族旅行の折、モナコ、スイス、ストックフォルム等手あたり次第覗いてみた。しかし、どこも退屈な場所だった。

 アメリカに駐在するようになってからは、本場ラスベガスやカナダを訪ねたが、大衆的で、大型のパチンコ屋的雰囲気で馴染めなかった。
 豪華客船クリスタルハーモニーの見学会にもロサンゼルスでは招かれた。韓国にも行ったが、どちらも魅力を感じなかった。

 こうした結果私のカジノ熱は冷め、思い出も忘却の彼方に消えていた。


 今回の検索は、自分がいかに勉強しない、滑稽な田舎者だったかという事実を気づかせてくれた。
 クラブの歴史も、英国社会の評価も知らず、日本人仲間の風評と雰囲気だけを聞きかじり、有難がっていた自分が恥ずかしい限りだと悟ったのだ。
 同クラブは、歴史も古くお金持ちや身分の高い人が出入りしたらしいが、ウィキペディアによれば、「そこは耳障りで、下卑た場所」と紹介してある。所有者も次々代変わりしているのだ。
 変わらないのは最高級レベルのシェフが美味しい料理を出すのが伝統で、私が出入りしていた当時同クラブは、日産のゴーンさんで最近脚光を浴びたレバノン人の手に亘った時期だった。それでも料理はレバノン風フレンチでとてもおいしかった。


 2016年に「カジノを含む総合リゾート」(IR)法案が成立し、日本でもカジノを観光のため品揃えするつもりのようだ。

 日本のカジノはどんなものになるのだろうか。カジノの語源はイタリー語で小邸宅。そこにおいしい料理と酒、美女をそろえたプライベートクラブ風がクロックフォードだ。ラスベガスタイプの大型パチンコ屋風を目指すのだろうか。気になるところだ。

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