元気100教室 エッセイ・オピニオン

右総代 筒井 隆一

 我が家の居間の窓際に、幅20センチ、長さ80センチほどの細長い棚がある。
 そこには、和洋酒の空き瓶が10本ほど並んでいる。家内とヨーロッパに出かけ、旅先で買い求めたワイン、シャンパン、親しい友が地方から上京した時、土産に持ってきてくれたその地の銘酒など、ここに並ぶ。
 酒瓶は、充実した酒飲み人生を歩んできた私にとって、それぞれが思い出深く、なつかしい品だ。


 その中に、筒井隆一様「セ・モア」平成元年7月26日、と焼き付けられた焼酎の徳利が、一本置かれている。この徳利には特別な思いがある。
 30年前、平成元年の私は五十歳直前で、気力・体力とも充実していた。建設中の大きなプロジェクトを何件か抱えながら、次の案件受注のため、日夜営業活動に飛び回る毎日だった。


 一見単純明快な建設業だが、最新の技術・工法を駆使し、工期短縮、コスト削減につなげたり、きめ細かい地域対応でトラブルなく工事を進めたり、複雑な推理小説を読み解くように、いろいろなやり方を求められる。
 しかし、最終的に仕事を上手く進めるには、発注者との良好な関係を作ることである。

 こちらの考えを、きめ細かく説明、提案し、それを受け入れてもらうような強い信頼関係を構築することに尽きる。
 その為には、大切な得意先との付き合いも、仕事を進める上で重要な要素の一つだ。


 当時、私たち年代の男性にとって、銀座のバーやクラブは、特別の感慨があった。赤坂や六本木にも高級な店はあったが、銀座は一味違う。格が上で、いわゆる「一流」なのだ。
 夜の銀座で働く女性もそれなりの品位を持っていた。
「昨日は銀座で飲んだ」
 という時の、なんともいえぬ誇らしさがなつかしい。
 得意先も、我々が銀座にご案内したことで、自身の評価を確認するのだ。

 私もその銀座に、大切な得意先をご案内する立場になっていた。
 言葉に出さなくとも、こちらの心情を察し、対応してくれる、気心の知れた店と付き合いを持つ必要を感じた。
 当時は得意先のお好みに応じ、それぞれご案内する店は何軒もあったが、私の気心を知って、ツーと言えば、カーとくる店は、まだ少なかったと思う。


 そのような時、先輩の紹介で利用していたクラブに、アルバイトで3年ほど勤めていた雅子さんが、銀座八丁目に自分の店を出すという。
 それならば、この際応援しよう。会社としても利用させてもらうから、我々の営業にプラスになるように、大事な得意先に対応して貰おう、ということになった。
 そして開店したのが平成元年7月26日だったのだ。


 棚の焼酎の名入りボトルは、開店に当たって特に支援し、今後もフォローしていきそうな二十人に配られたものだった。私もその一人に入っていたのだ。

 酒も飲めず、ろくに商売の柵(しがらみ)も知らぬ若い女性が、ママとして開いた店だ。前のめりで、無邪気に始めた当初は、不慣れで客扱いも、なっていない。
 店に行くたびに、絵の飾り方がおかしい、花籠の位置が違う、カラオケのボリュームが大きすぎる、などなど、細かいご指導が続いた。
 彼女も素直に受け止め、こちらの営業にプラスとなるよう、気くばりをし、かつ得意先を楽しませてくれていた。

 それが、銀座でここまで30年間続いたのは、彼女の人柄、性格、商売の堅実さだろう。


 当時、世の中は景気が良く、先を見通せない銀座のママたちは、儲けた金を無計画に使ってしまい、店が潰れたという話を、よく聞いた。
 堅実な雅子さんは、しっかりため込んでいたのだろう。その結果、無事三十年を迎えたのだ。
 半年ほど前、30周年記念のパーティーを考えているので、是非一緒に祝ってほしい、と連絡があった。

「もちろん喜んで出席させて貰うよ。大きな節目だから、皆さんにお祝いしてもらって、心に残るパーティーにしたいね。どんな段取りでやるの?」
「このお店を支えて下さって、今も来て下さる常連さんは60人位だから、2日に分けて各日ご都合のよい時間に割り振って、ご案内しようと思っているの」
「それがいい。開店当時を知っている人たちで、昔話が出来れば一番いいね」
 30年同じ店に通っても、顔を合わせたことのない人間がほとんどだ。その人たちと話をするのも面白いだろう。

「ところで筒井さんのごあいさつで、パーティーの口火を切るわね」
「俺より一生懸命通っている常連さんがいるだろう。先輩に任せるよ」
「開店の時、馴染みのお客様に、ウィスキーのボトルをキープしていただいたけれど、筒井さんは51番なの。それ以前の方は、もうお店に来て下さらないか、来られなくなってしまい、筒井さんのボトルが一番先輩なの」
「どんな挨拶すればいいんだい?」
「『30年続けて、このような記念日を迎えることができました。今日来ていただいた旧くからのお客様には、心から感謝申し上げます。右総代筒井隆一様からひと言頂き、パーティーを始めます』に続いてスピーチしてください」

 小学、中学時代は引っ込み思案のおとなしい子供で、級長、総代などには全く縁がなかった私である。まさか、この歳で『右総代』とは……。

イラスト:Googleイラスト・フリーより

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