元気100教室 エッセイ・オピニオン

ワラビ採り  青山貴文

 今年のゴールデンウイークは十連休だ。
 毎日が日曜日の私には、余りうれしくもない。新緑を求めて皆が出かける。帰省客で高速道路は渋滞だ。列車も、飛行機も予約で満杯だ。だからと言って、この最高に良い時候に家で過ごすのは、もったいない。

 3年日記を、ひもといてみる。この時期は、我が家から、約15キロに所在する釜伏せ山近くの中間平(ちゅうげんだいら)に出かけている。そこは、海抜150キロの高台だ。その見晴らしの良い丘から東北方向に、双眼鏡で熊谷の我家周辺がよく見える。南東の方角遠望、約70キロには、新宿の高層ビル群が眺められる。

 そこで、薄曇りだがサンドイッチを作って、近場の中間平に妻とドライブがてら出かけた。私は登山パンツに愛用の登山靴を履く。妻はノルディック姿で、ウオーキングシューズにズボンだ。遠目からは、40歳代の夫婦に見える。

 毎年訪れる見晴台が、真新しい木材で改築されている。4人掛けのがっちりした椅子付きの木製テーブルが、その周辺に5台も備えてある。
 そのひとつに腰掛け、眼下に広がる景色を見ながらサンドをほおばる。家で頂くより遙かにうまい。鳴き始めたばかりの、未熟な鳴き声のウグイスの声が可愛い。空気が澄み切っている。家に居ては、この清々しい空気と野鳥の囀りは、体感できない。さらに、新緑の中間平には、この頃に限り、ワラビが出現する。

 数十年前に山菜に詳しい妻が、シダの葉伝いに茂みの中に入って行って、ワラビの群生している場所を見つけた。我々の秘密の場所としていたが、数年前から、シダの葉が倒されており、数人の方がワラビ採りに来ていると感じていた。我々と同じようなカップルと会うことがあり、獣道らしい細い道もできて秘密でもなくなった。

 そこは、東電の鉄塔を目当てに、背丈の高さくらいの土手を這い上ると、急に拓けた傾斜地になっている。その鉄塔の周辺は、おおきな木々が伐採されて日当たりがよく、ワラビの群生地になっていた。
 ワラビは、同一シーズンでも、3回くらい再生するので、採られても、数週間すると、また採れる。誰かが先にきて、ワラビがほとんど取られていることが多くなった。それでも、5~6本採れると大切に持ち帰り、湯がいて甘辛く煮て、酒の肴にしている。
 先客が来ているときは、挨拶がてら
「こんにちは、採れますか?」と、にっこり笑って問い掛ける。
「いや、だめですね、すでに採られていますよ」と、愛想笑いが戻ってくる。


 ところが、昨年、二人の人影が、傾斜地の上方で動く気配がした。彼等は、男の二人連れで、私と同年配らしい。口の開いた篭を腰につけ、地下足袋を履いている。山菜取りのセミプロの恰好だ。
「どうですか? ・・・ワラビが採れますか?」
 と挨拶をしたが、無言だ。
(なにも、黙っていることもないだろう。ワラビの一つや二つでガツガツするな)
 と思いながら、私もガツガツ探す。
 当方は登山靴だけは立派だが、手ぶらだ。ただ、小鳥の声を聴きながら、数本のワラビが採れればよい。彼らは、いつの間にか立ち去っていた。

 今回は、車を見晴台の駐車場に置き、勝手知った東電の鉄塔の所まで、運動がてら歩いて行った。車で動くのと違って、草木や小鳥のさえずりが間近かに感じ新鮮だ。登る土手をやっと見つけた。
 簡単な木の階段が出来ている。東電の職員の点検用なのだろう。ところがシダの葉が無い。人が入った形跡もない。雑草が伸び放題になっている。目的の場所は、荒れ果てた斜面に変貌していた。

 しかたなく、やって来た車道を引き返すのも、折角履いてきた登山靴が泣く。眼前の山道に沿って草木を愛でながら、迂回して駐車場に戻ることにした。

 今まで雲間に隠れていた太陽が顔を出した。新緑が陽に映えて、行く手が明るい。ワラビが皆無の山菜採りもこの晴天で救われた。時々立ち止まって妻を立たせ、新緑を撮る。久し振りの山歩きは、足腰を鍛えてくれ、心が洗われる。

 私たちの駐車場が眼下に見える丘に出てきた。なんとシダの葉が斜面一面に群生している。ここなら、ワラビが絶対見つかる。妻も私も無口になり、シダの日だまりの中に入って行く。
ところが、シダはほとんどが大きく生長し、来るのが一ヶ月くらい遅かった。
 待望のワラビは細く短くお粗末だが10本くらい採れた。釣りでいう坊主の日ではなくなった。
「ヤッホー。どこに居るの?」
 と、妻の声が丘の上の方でする。二人合わせて、20数本のワラビを採取することができた。
 来年は、3週間くらい早めにこの丘にやって来ようと、話しながら帰宅した。早速、3年日記の来年4月5日の欄に「中原平ワラビ採集のこと」と記す。

イラスト:Googleイラスト・フリーより

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