A038-元気100教室 エッセイ・オピニオン

一族集合  筒井 隆一

 ガジュマルとマングローブの密林の中に続く、曲がりくねった道を、小型自動車が進む。

 道が高台に出ると、東シナ海の真っ青な海が、樹林の隙間から顔を見せる。今日は長男夫婦の案内で、沖縄本島の最北端、辺戸(へと)岬を目指している。

 道に沿って、所々に「ヤンバルに注意」の標識が立っている。
 この時期、運がよければ国の天然記念物、ヤンバルクイナに出会えることもあるようだ。沖縄本島の北部、ヤンバル地区にしか生息しないヤンバルクイナは、鳥類では最も新しく、1981年に発見されたが、外来生物による捕食と、生息環境の森林破壊で、絶滅の危機に瀕している。

 また鳥類の中で唯一飛べない鳥だが走るのは早く、時速40キロメートル程度というから、マラソン選手の倍のスピードで走ることになる。

 そのヤンバルクイナの飼育、繁殖のため、保護施設が岬近くに設置されている。そこに、たった一羽だけ飼育されているヤンバルクイナ、愛称「キョンキョン」を見学するために、宿泊した西海岸のリゾートホテルから3時間近くかけて走って来た。だが、迂闊にも今日が休園の水曜日ということを忘れており、施設の前まで来て気がついた。大失敗である。


 同じころ、次男一家の5人は、宿泊先のホテルで水遊びに興じていた。ホテル建物内の屋内プール、建物に隣接した屋外プール、そして50メートルほど先は、遠浅、白砂の美しい海岸で、小さな子供から大人まで、安全に泳ぎを楽しめるようになっている。三人の孫たちも夢中になって泳ぎ廻っていたようだ。

 私は、一族の集まりを大切にしている。そして何かの節目には、全員集合して情報交換、懇談をする。私が古希を迎えた時には、大阪勤務だった長男と、東京在住の私たちとが、中間の熱海で合流し、飲んで語って、一夜を明かした。

 今回は私が77歳の喜寿、家内が70歳の古希を迎えるにあたって、長男の勤務地沖縄に集合し、「筒井家一族の会」を開くことになった。現地の受け入れ担当は長男、沖縄への移動担当は次男という役割分担だ。

 筒井家のルーツは、もともと奈良大和の戦国大名からのし上がった、筒井順昭、順慶親子から続いた家柄、と言われている。
「洞が峠を決め込む」「元の木阿弥」などは筒井一族に関係ある言葉だ、と父親から聞いていた。
 近鉄奈良駅の近くにある伝香寺が筒井家の菩提寺で、関西に出向いた時には立ち寄るようにしている。


 さて、長時間のドライブにもかかわらず、ヤンバルクイナを見損なった長男組がホテルに戻った。そして、一日中プールと海岸での水遊びを楽しんだ次男組とが合流し、皆が顔をそろえた。せっかく沖縄に来たのに、ホテルのレストランでの会食はつまらない。向かいにある琉球料理店に席を移し、宴会が始まった。本場の泡盛が、美味しい。

 私たちは、普段は夫婦二人だけの生活だ。
 農園で畑を耕したり、来客を迎える準備をするとき、そしてヨーロッパへの二人旅などを除けば、夫婦の対話も途切れがちである。
 皆が集まれば、息子たちは、転勤転務を含め仕事上の情報交換ができるし、私たちは、三人の孫をからかいながら談笑すれば、老化防止にもなる。お互いの体調、健康のこと、今後を息子たちにどう託していくか、なども大切なテーマである。

 情報は、一方的に提供したり受け取ったりするものではなく、交換するものだ、と先輩に躾けられた。一族集まっての飲み会は、まさに情報交換である。

 この夜も昼の水遊びで疲れ切った孫たちが膝で寝てしまうまで、一族の酒盛りが続いた。


   イラスト:Googleイラスト・フリーより

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