元気100教室 エッセイ・オピニオン

傘寿の同期会   武智 康子

 同期会というのは、同じ時期に入学、卒業、入社などをした人の集まりのことである。それが、傘寿ともなるとその会を世話する人もされる人も、自身の健康のことや伴侶の事もあって、だんだん足も遠のいてくるのではなかろうか。

 傘寿の会は、人生の一つの節目、いや、公として最後の会になるかもしれないと思われる。

 昨年、私はこの傘寿を祝う同期会に小、中、高校と大学からの4通の案内状をいただき、喜んで出席した。それぞれに趣きがあり、懐かしい友達との語らいの中に、エピソードあり、失敗あり、苦労ありと有意義な会合であった。


 先ず5月半ば、最初に大学の同期会。この会は卒業後58年ほどになるが、お互いに専門も近く、よく会合もあったので特に特別の事も無く、一泊の温泉旅行だった。

 次に、6月末、戦中戦後の疎開先の小、中学校合同の傘寿の同期会である。父の仕事の関係で福岡で生まれた私は、小学校2年の半ばに大分県との県境の浮羽群吉井町に疎開したのである。それは福岡の爆撃の一週間前だった。

 戦後、偶然に焼け残った自宅には両隣の方々が住み着いておられ、食糧事情のこともあって、すぐには福岡に戻れず、吉井町に住み続けた。
 この町は造り酒屋をはじめ、材木商や地域で有名な製粉会社、そして昔のいわゆる庄やなどが多々あり、町として経済的に恵まれていたので、私達も生活し易く、私は沢山の友人達と親しくなった。

 結局、この町で私は、小、中学校の7年間を過ごした。

 約60年振りに訪れた吉井町は、私の想像より近代的になっていた。
 駅前のビジネスホテルで始まった傘寿の同期会では、遠来の私を歓迎してくれたが、失礼ながら名前の分からない人も何人かいた。
 そして、話に花が咲き、宴たけなわになった頃、私をびっくりさせる出来事が起こった。


 それは、一人の男性が突然告白したのだった。
「僕は、伊藤さん(私の旧姓)が好きだった。なかなか言い出せなかったが、伊藤さんが福岡に行ってから、何度か手紙をだしたが返事をもらえなかった。大学生になってからも大学祭に行ったが会えなかった。本当に残念だった」
 私は、本当に驚いたのだった。

 私にとって身に余る話だったが、手紙の件は、恐らく厳格だった両親が私にわたさなかったのであろう。私は見た事がなかったのだ。私は、申し訳ない気持ちで、この年になって謝ったが、実はこのことは地元では有名な話で、皆知っていたそうだ。

「知らぬは、本人ばかりなり」ということだったのだ。

 彼は、町の有力者の息子で、学校の成績も良く坊ちゃん育ちだった。地方の医大を出て、今はもう引退しているが、医者として町で開業し、町の医療に尽力したそうだ。


 東京に戻った私は、このことを主人に話した所、主人は「それは残念だったな~」と言って、茶化されてしまった。
 
 小、中、高校の会では、大学と違って色々な職業の人が居て、話題に尽きない。


 秋には、高校の傘寿の会が東京で行われ、大体サラリーマンが多かったが、今回私の前に座った彼は、大学を出て証券会社に勤めたあと、脱サラをして東京のど真ん中である半蔵門の、あるビルの地下で魚屋をしていたという。
 私は、そのような所の魚屋にどんな人が買いに来るのだろうか、と思い尋ねた所、大半は料亭用だが一般には、近くにある国家公務員官舎の奥方達が客だそうで、皆、高級な魚を求めていくそうである。

 要するに、料亭にしろ結局はお役人用の魚屋だったのである。彼の経営は上手くいき、財を成して65歳で店を閉じたそうである。魚屋にも定年があったのだと大笑いになった。

 他にも、戦火のイラクに行ったことのあるプロのカメラマンの体験談など聞き、貴重なひとときだった。


 11月の下旬には、福岡第一師範男子部付属国民学校という、いかめしい名前の学校の入学時の同期会からも案内状をいただき、初めて出席してみた。
 私は2年生までしか通っていないが、出席してみて驚いた。
 居た居た、幼稚園から一緒だった懐かしい顔の友人、5人に72年ぶりに再会したのだ。

 お互いにいろいろな運命を辿っていたが、入学試験の問題が兵隊さんの行進の絵の説明だったり、教育勅語を冬の寒い講堂で直立不動で、出てきた鼻水もすすることもできず、辛かったことなどなつかしい話題で話に花が咲いた。
 誰かが、一寸だけ教育勅語を口ずさむと次々と言葉が出てきて、80才にしてすらすらと言えたのには、我ながら驚いた。

 余程、何度も復唱させられたのだろう。教育とはこういうものなのかと、教育の重要性を検めて考えさせられたのである。

 今回、4つの傘寿の同期会を通じて、私達の80年の人生には、多くの事があったが、全てを乗り越えて、今があることに感謝したいと思った。

 また、これからもできるだけ元気で、迷惑かけないようにして楽しく過ごしたいと心に誓ったのだった。


イラスト:Googleイラスト・フリーより

「元気100教室 エッセイ・オピニオン」トップへ戻る