A038-元気100教室 エッセイ・オピニオン

若い奴たち 青山貴文

 真夏の深夜の静けさを破り、数人が奇声を張り上げて、我家の団地を通り過ぎていく。どうも、話し声からすると、3~4人の若者らしい。


 最近の若い奴の中には、他人の迷惑を考えない連中がいる。それ故に、彼らも仲間内で元気を出しあっているのだろうと、余りカッカとしない。
 私も、若い頃、もっと悪質な近所迷惑をやったものだ。


 思えば、40数年前の真夏の一夜がよみがえって来る。蒸し暑い夜であった。
 それは私を含めた3人の酔っ払いが、熊谷市美土里町の飲み屋街を2.3軒はしごして、半キロ先の我家の庭まで歩いてやってきた。


 美土里町は私が勤めていた鉄鋼会社の熊谷工場と我家との丁度まん中辺に所在している。その界隈には、航空自衛隊の基地や工業団地があり、隊員や工場員の飲み屋街になっていた、
暗い夜空に煌々と月が輝いていた。酒を飲み、無性に体がほてり、力がみなぎっていた。3人は、私の芝生の庭で、大声を張り上げて万歳三唱を繰り返す。

 隣家の明りが一つ、二つと点く。
「ウワ! 点いたぞ。点いたぞ」
 私たちは、小躍りして芝生を転げ回る。 
「ご近所の皆さん。本日、青山の長女が生まれました」
 と、私より10歳くらい年上の成沢さんが大声を発する。
 彼は、私に似て太っていて、酒が余り強くない。ただ、だれとでも付き合いがよく、話しをよく聞いてくれる。10人くらいの若手工員を統率し、普段は仕事熱心な本間製作所の営業を兼ねた工場員だ。本間製作所は、私の勤めていた鉄鋼会社の金型部門を担ってくれていた。

 すると、もう一人のがっちりした体躯の男が、おもむろに立ち上がり、直立不動で野太い声で、演説をはじめる。
「酔っ払いの青山は、今日やっと一児の親になりました」
 と、厳粛な口調で話す。
 彼は私とほぼ同じ32歳位で背格好も同じだ。本間製作所の跡取りで私よりはるかに貫禄がある。私と違って酒が強い。バーに行っても、私のように女性といちゃつかない。
 泰然として、酒を飲む。金があるから、他のところでうまくやっているのかと思っていたが、どうも仕事以外に余り興味がなかったようだ。
 また、二つ三つと数軒先の家の光が点灯する。
「青山も、挨拶をしろよ」
 と、本間がうながす。
「ええ、ただいまご紹介に預かりました青山でございます。日々、細君がいろいろお世話になっております。本日長女が生まれまして、・・・」
「元気がないぞ!」
 と、本間と成沢が大声を張り上げる。

 喋っているうちに、自分も人の親になったのだと、何か嬉しさがこみ上げてくる。飲み友達とはそんなお膳立てしてくれるものだ。今思えば、わたしたちは若くて、希望に燃えていた。

 翌朝、南隣の岩下さんが、
「昨夜は、御機嫌でしたわね」
 と、にこにこされる。
 内実は、「うるさかったわよ」と苦言であったと恐縮しているが、今は引っ越されて居られない。

 わたしは、そのころ昼間は青色の作業服を着て、振動粉砕機の騒音の中で、重油炉の灼熱職場を走り回っていた。
 その反動もあり、週末になると冷たいビールを求めて、飲み屋街に作業服で繰り出したものだ。よくぞ、体が持ったもんだと思う。

 その後、仕事一途な本間さんは、そのころの数十倍の収益を上げる中堅企業に育て上げ、今は会長に納まっている。温厚な成沢さんは平穏な老後を過ごされ、すでに鬼籍に入られた。
 酔っ払い3人に祝福された長女は、2人の子供の母になっている。
 先日は奇声を張り上げて、団地を通り抜けて行った若い奴らも、今日も元気でやっているだろう。

            イラスト:Googleイラスト・フリーより

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