元気100教室 エッセイ・オピニオン

世界の子どもに良い本を = 桑田 冨三子

 1912年に「世界の子どもに本を届ける」という国際シンポジウムがあった。私を含めて子供に良い本を渡す運動をしているJBBYの人達の報告会である。

 皮切りは、朝日国際児童図書普及賞に輝くカンボジアのNGO・SIPARであった。若い男性の発表者は、大きな目をくりくりさせて、希望に満ちあふれた調子で話した。

「30年前の暗黒の歴史を知るカンボジアの若者は少ない。1970年代のクメール・ルージュ独裁との長い内戦で、失われた大切なものを取戻すために、自国の本の出版や、図書館の充実などに最大の努力を払っている。」
 日本からは3・11の震災地を廻る図書館バス「あしたの本プロジェクト」に携わった斎藤紀子さんの報告があった。

 気仙沼にバスを停めた時、4歳の女の子が飛び込んできた。いきなり、
「地震なんかコワクナイ」
 と凄い形相でさけび、繰返しさけんでいる。
 顔が極度の緊張でひきつっている。斎藤さんは思わずその子を抱きしめた。
「一緒に本を探そうね」
 やさしく話かけ、本を選ぶ。
 しばらくすると、女の子の顔がだんだんと、やわらいできた。家で、地震がコワイと言っちゃ駄目と言われた。
 子ども心に地震はコワクナイ、と自分に言い聞かせては、それを大きな声で叫ばずには居られなかったという事だった。

 陸前高田の女の子の話である。
「ア、この本、前、家にあったよ」
 といって『赤頭巾ちゃん』を取り上げた。ついてきたおばあちゃんが、
「この間借りた本じゃないの、他の本にしなさい」
 しかし、その子は頑としてきかない。
 次にやって来た時も、その子はまた、同じ本を選んだ。亡くした本が忘れられず、何度も何度も読むのだろう。


 IBBYの元会長でガテマラ生れのカナダ女性、パトリシア・アルダナは精力的に世界を廻っていた。その時の話をしてくれた。
 レバノン、ガザ地区へも行ったが、アフガニスタンのカブールに入った時は、搭乗した飛行機に危険が迫った。
(ここで撃たれて死ぬのだ)
 と何度も思ったそうだ。しかし、飛行機は奇跡的に無事についた。

(こんなに危険でひどい時期に、アルダナは本当にやって来るはずはない)
 そう思っていたカブールの仲間たちは、感嘆し、大歓迎をした。

 一番先に出迎えたのは、年老いた白髪の女性であった。悟りの境地にあるような、落着き払った長老の態度に、アルダナは、不安定な日常を過ごす仲間たちは きっと、この長老に厚い信望をよせているにちがいないと確信したそうだ。


 カブールの冬は厳しい。凍死する子も出る。そんな厳しい状況下でのIBBYの活動は勇気ある挑戦であった。子どものための学校を開くことである。
 仲間たちは活動名をアシアナと名乗っていた。どこにでもテントを張り、中でアシアナ学校を開く。子どもは親の手伝いをしたり仕事に出たりして、なかなか学校へは行かれない。
 建物よりはテントの方が来やすいらしく、好まれるから、テント張りの学校にしたとのことだ。テント教室の方がずっと効果が高いという。
 テントを開くと、子ども達はすぐに集まってくる。嬉しそうに、しかも、走ってやって来る。
 その喜び勇んで走ってくる様子を見るのは、教えるものにとっては、確信を新たにし、至福となる。子どもたちはテントの中で喜んで教科書を開き、読書を楽しみ、給食を食べて、帰って行くという。


 どの話もみな素晴らしい感激的な報告会であった。運動に携わる者は時として
「一体、自分は何をしているのか?」
 と疑問を持つが、仲間が頑張っている話を聞くと励まされ、やっぱり続けて行こうと思う。


               イラスト:Googleイラスト・フリーより

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