TOKYO美人と、東京100ストーリー

婚約者は刑事 ②  5回連載(005 銀座)

① 【004 世田谷・岡本】からのつづき
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 井伊佳元はタクシーの車窓から、夜明けまえの空を見あげた。池袋のビル群の谷間には星がやや残るが、藤紫色に染まりはじめている。
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 かれは運転手に、その先のセーフティー前で停めさせた。まだ深夜料金で、5時すこし前だった。

 従業員専用の出入口の横には、警備会社の車が停まっている。
「老いぼれ機械め。月になんど故障したら、気がすむんだ」
 寝入りばなを起された井伊は、わずか3時間の睡眠に苛立っていた。46歳にして、この睡眠は辛い。通用口はすでに開錠されている。かれは納品口横の地下階段を降りはじめた。


「ついてないよな。このところ、たて続けだ」
 4日まえも真夜中に、『火事が発生』と警備会社から、ケイタイ電話に通報が入った。井伊が下町の自宅から急いで池袋店に駆けつけたところ、火災報知機の誤報だった。それらも遡(さかのぼ)って腹が立っていた。


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婚約者は刑事 ①  5回連載(004 世田谷・岡本)

 井伊佳元(いい よしもと)が豪邸の表札を見ていた。門柱の上には、春の陽ざしをあびる三毛猫が横たわる。こちらをバカにしたように、大きな欠伸(あくび)をした。

 かれは腹立たしくなった。怒りはその猫ばかりでなく、布施(ふせ)和香奈(わかな)にもむけられていた。井伊はもう2時間も、彼女の住まいを探しつづけているのだ。

 世田谷・岡本一丁目は豪邸がつづく、高級住宅地だった。まわりの庭木からは、多種の野鳥のさえずりが聞こえてくる。ひときわ閑静なところだ。
 高級マンションのほとんどが、オートロック式の玄関で、一歩もなかに入れない。外部からだと、住人の名まえすらも確認できない。布施和香奈の住まいを探しあぐねる井伊は、だんだん腹立つ自分を知った。

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新妻の悩み ③後編 連載・完了(003 隅田川)  

【 001 台場】
【002 浅草】
【003 隅田川】前編からのつづき

「複雑なことはシンプルに考える、これがセオリーだ。問題を絞り込めば、黒船来航の一点につきる。母親の黒船を東京湾に入れないで、静岡沖に押しとどめることだ」
「実家は静岡といっても、富士山ろくの方です」
「海辺でなく、山側か。それがポイントになりそうだな」
 観光船が隅田川の河口までやってきた。目のまえの岸壁は、都民の台所、築地魚市場だった。運搬漁船が二隻ほど接岸している。明朝には仲買人がセリする、遠洋の魚が水揚げされているさなかだろう。
「会社では、いまどんな企画に取組んでいる?」
「年末から手がけているのが、クライアントは大手菓子メーカーで、動物園とタイアップした、桜シーズンの企画です」
 その企画内容は、園児30人を動物園に招き、子ヤギとか、ウサギとか、ロバとかと母子でいっしょに遊ぶ。菓子5個についた応募券による、抽選だという。TV局がかむように、いま交渉中しているさなかだと説明した。
「ここは動物園ストーリーで、いくとするか。まず母親には、大手広告代理店に勤務する、息子の俊男がいま動物園の宣伝広告を受け持つ、と知らしめる」

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新妻の悩み ③前編 連載(003 隅田川)

【 001 台場】
【002 浅草】からのつづき

 ジャンパー姿の井伊佳元は、店内の柱時計をみた。もう11時を回ってきた。かれはラフなスタイルで休日出勤し、早朝からバレンタインのディスプレーをしていた。
 きょうの午後2時には、真鍋(まなべ)美紀(みき)と逢う。『東京クルーズ』浅草発着場から出航する『隅田川ライン』の観光船に乗る、と約束事ができていた。

 かれはさっきから、妙な胸さわぎをおぼえるのだ。このモヤモヤはなんのか。またしても、遅刻し、観光船の出航時間に遅れてしまうのか。そんな予感なのか。
(あと30分以内、昼まえにはかならず店を出るぞ。どんなことがあっても、2時出航には遅れられない)
 井伊は自分に言い聞かせていた。

 かれの脳裏には、胸さわぎの原因のひとつとして、鬼頭統括部長の顔が浮かんだ。12月の店長会議は欠席した。鬼頭はそれについて一言もふれてこないのだ。もう1ヵ月半が経つ。これにはなにかある。裏がありそうだ、おかしいと、井伊はどこか心に引っかかるものがあった。

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新妻の悩み ② 3回連載(002 浅草) 

【 001 台場】からのつづき

 井伊佳元は勢いよく地下鉄・浅草駅の自動改札を駆けぬけた。そのつもりだったが、寸前、バターンと無常にも塞がった。PASMOのチャージ不足だった。精算所は長い列で、外国人、年配女性などがモタモタしている。

(これでは、今回も20分以上は遅れるな。時間には、いい加減さんね、と真鍋(まなべ)美紀(みき)から侮られそうだ)

 彼女が指定した待合わせ場所は、なんと浅草寺(せんそうじ)の『雷門』だった。
 井伊の意識のなかには、上野の西郷隆盛像とともに、雷門は東京に不案内な「おのぼりさん」どうし、田舎者どうしが落合う場所だという先入観が会った。そのうえ、都内でも随一といえるほど神社仏閣、古寺名刹が多い。真鍋美紀のハイセンスからすれば、不似合い、不釣合いの場所に思えた。


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【新妻の悩み】③の前編はこちらから

新妻の悩み ① 3回連載(001 台場) 

 井伊佳元が急ぎ足で、東京湾の品川沖に浮かぶ、お台場にむかっていた。約束時間は昼の12時ちょうどだった。かれはすでに15分も遅れていた。面識のない、真鍋(まなべ)美紀(みき)から、遅れないでくださいね、とかれは念を押されているのだ。

(遅れたことで、なん癖(くせ)をつけられ、厄介なもめ事になるかもしれない)
 井伊は会うまえから、身構える自分を知った。

 お台場は幕末につくられた洋式砲台(品海砲台)だった。第三台場は海面から突きだす石垣で囲まれている。一片が160メートルの正方形の要塞(ようさい)。いまでは台場公園になっている。そこまでは松林がつづく、弓なりの長い人工の砂州で結ばれている。
            
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