A045-かつしかPPクラブ

蜂に魅せられて = 田代 真智子

 まえがき

 京成押上線の四ツ木駅から歩いて7~8分のところに「はちみつ」の、のぼりが出ている建物があります。
 以前から自家製のはちみつを売っていて、はちみつ好きの私は、何度か買ったことがあります。
 時々見かけるご主人が、養蜂しているようだが、いったい屋上は、どうなっているのか、養蜂とは、どんなものなのか、どのように工夫してはちみつをつくっているのだろうか、どんな花が屋上にあるのだろうか、と好奇心をそそられていました。

 今回、テーマ「極める」はこれだと思い、勇気を出して取材を依頼しました。


 養蜂箱の上の段を取り出し、蜜蜂の様子を見せてくれているところ

      (取材・撮影2016年7月26日)


❽ 不思議な空間 ❽

 東四つ木は、古くから町工場が多く、準工業地帯です。特に緑が多いわけでもなく、商店街も店舗が減り、寂れて行きつつあり、華やかなイメージはありません。四ツ木駅から渋江商店街を通り抜け、しばらく行くと左側に目指す建物があります。

 梅雨明け前の曇り空の朝、心躍らせ、インターホンを押しました。
 さっそく案内していただいた建物の屋上では、そこには、10数個の養蜂箱が並んでいました。さらに音楽が流れていました。いつも『ラジオFMかつしか』をかけ、蜂たちに聞かせているという、なんともあたたかい思い付きでしょう。

 本業である印刷業の仕事場は、大きな機械が並んでいました。屋上への階段をあがると、蜂蜜を作る遠心分離器と採蜜のための道具がところ狭し、と並んでいます。棚の上には、キンカンも。
「刺されたら痛いよ。刺された時は、キンカン塗って終わり。もう慣れたよ」
 と腕をポンと叩く鎌田さんの笑顔は、なんとも幸せそうです。

 鎌田等さんは、昭和17年にこの地に生まれ、経営していた会社を息子さんに任せた後、趣味で養蜂を始めたのです。
「ボケ防止の趣味で養蜂している」
 と話してくれました。
 期待していた屋上には花園は無く、一角にまとめられたトマトの苗木や鉢植えがいくつかおいてあるだけです。いったい蜂は、どこから何の花の蜜を運んでくるのか聞いてみると
「百花(ひゃっか)」
 とユーモラスな答えが返ってきました。
 蜂は、3~4キロ飛んでいき、公園や玄関先の花に受粉して、花々を咲かせています。ここ周辺にも結構いろいろな果樹もあるのです。
 すぐ近くの渋江小学校や、前の児童遊園、コミュニティー通りなど、考えてみれば、一年を通してたくさんの花がこの近くで咲いています。


❽ すべて自分で ❽

  20~30年前に社会党本部で蜂を飼っている話を聞いたことがあり、興味を持っていましたが、きっかけは、ゴルフで那須に出かけた帰り道に蜂蜜屋さんに寄ったことでした。養蜂のやり方を本で学べることを知り、養蜂具店で西洋蜜蜂の道具を蜂とともに買い求め、独学で養蜂を始めたのだそうです。最初は、ニホンミツバチを飼いたかったが、野生で飼育が難しく諦めました。
 とは、言ってもセイヨウミツバチの養蜂が簡単な訳ではありません。失敗する人も多く、都内でも養蜂をしている人はいるけれど、実際の養蜂は、都会から離れたところでやっています。
 こうして鎌田さんのように都内の建物の屋上で養蜂に成功したのはめずらしいことなのです。

 巣箱を花のあるところまで運ぶ『移動養蜂』に対して鎌田さんのように一定の場所に巣箱を置いて採取することを『定置養蜂』と言います。
 巣箱は、白く塗り太陽熱の吸収を防ぎ、日中の屋上は高温になるので、養蜂箱をじかに置くことを避けて、酒屋さんからもらったビールケースの上に置かれています。こうしておくのは、通気性もよく湿気を防ぎ、病気にもなりにくいからです。
 採蜜の時期以外は、毎日様子を見に来る程度だが、採蜜から蜂蜜の製品化まですべて、自分でやっています。
 鎌田さんの手で可愛い容器に詰められた蜂蜜は『H.K.HONEY』となって売られていくのです。


❽ 蜂の習性 ❽

 蜂は、とても働き者で綺麗好き、巣箱の中は、きれいなのです。

 蜂の寿命は、1カ月位でひとつの巣箱に2~3万匹いる蜂は、死んでしまうと、仲間が葬ります。
 取材中にも死んだ仲間を運ぶ蜂が飛んで行きました。
 鎌田さんは、巣箱の周りに落ちている死骸を掃除の時に集め、街路樹の元に撒いて肥料にしています。

 巣箱の周りに、コガネムシが飛んでくると、蜂は集団で襲撃して退治するというのも面白い習性です。取材中に一匹のコガネムシがやってきましたが、残念ながら襲撃の現場を見ることはできませんでした。
 養蜂は、蜜のにおいでやってくる鳥やスズメバチ、とんぼなどの外敵から守る苦労もあります。蜂は、敵がくると入り口をふさいで侵入を防ぎます。

 ひとつの養蜂箱に女王蜂が、2匹になると、分蜂(ぶんぽう)と言って新しい巣を作るために集団で引っ越しをします。
 分蜂は、社会性昆虫にとって群れを増やす方法として重要な役割となる習性なのです。


❽ 特徴と利用法 ❽

 ハチミツは美味しいだけではありません。その特徴や利用法は、いろいろです。

 例えば、砂糖よりカロリーが低いことなどが、鎌田さんの作ったかわいいパンフレットに紹介されています。
「豆腐にハチミツもおいしいよ。コーヒーや紅茶に入れても良いし、歯磨きにも良い。いただいた緑茶を粉にして、ハチミツとヨーグルトを混ぜて食べても美味しい」
 と色々な食べ方や利用法を教えてくれました。

 蜜ろうからは、『ハンドクリーム』『リップクリーム』ができます。蜜ろうは、ミツバチの体から分泌されるロウ(ワックス)で、花粉と混ぜ合わせて巣を作ります。巣蜜であれば食べることもできます。
「養蜂は、ボケ防止でやっている」
 と話す鎌田さんですが、独学で養蜂を成功させ、仲間と情報を交換し交流をしています。
 この屋上には、たくさんの工夫と努力があり、何よりも蜂たちへの愛情があふれていました。


あとがき

 屋外で黄色やオレンジ色を着ていると、小さな虫がよってきます。私は、そんな経験から明るい色を避け、黒いTシャツを着て行ってしまいました。
 当日、蜂は、黒をこわがる話を聞いて刺されたらどうしようと、内心ハラハラドキドキでしたが、見ているうちに蜂が可愛く見えてきました。そんな気持ちを察してくれたのか、そばに行っても攻撃されませんでした。私を外敵とは思われなかったようです。
 それともいつも食べている大好きな蜂蜜のにおいがしたのでしょうか。蜂は、怖いものではなく、果樹に花を咲かせ、おいしいハチミツを生む働き者でした。

 鎌田さんのハチミツ『H.K.HONEY』は、TVでも放映され、取材の依頼も多くあるようです。お忙しい中、快く取材に応じていただき、ありがとうございました。

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