水晶岳の新築工事は標高2900メートル。また、難問が起きた。
この水晶岳工事は、4月にヘリが墜落し、2人の死者を出した。山小屋の伊藤圭さんは重体となった。それでも立ち上がって、3カ月後には工事の着工。他方で、ヘリ墜落で犠牲者を出した長野の業者には逃げられた。『捨てる神あれば、拾う神あり』。設計者の紹介で、新潟の業者が引き受けてくれたのだ。
7月7日から突貫工事だった。
水晶岳の新築オープンは、7/20日と北アルプスの各小屋には通達されている。登山者はそのつもりで、登山計画ぉよび行程を組んでいる。予約を受けている。
きょう17日、衛生電話で、父親の伊藤正一さん(84)と話す機会があった。「建設業者は柏崎市だったので、中越沖地震で、自宅が倒壊したとか、心配とかで、皆山から帰ってしまった」という。
ヘリの墜落と大地震。艱難辛苦を乗り越えるにしても、こんなにも波乱に満ちた、山小屋作りはあるのだろうか。
私にはもはや伊藤正一さんに同情の言葉もなかった。
※烏帽子だけから槍ヶ岳への裏銀座を縦走する登山者、日本百名山・水晶岳の登頂を目ざす方は、テントか、ツェルトを持参したほうがいいだろう。
水晶小屋がなかった時代は、北アルプスで、最も疲労凍死が多かったルートだから。夏山だからといって、安易に考えないことだ。
