A030-登山家

登山者よ、気象予報士をあてにするな=北ア・表銀座(下)

 あれを見よ。目指すは、北アルプスの峻峰「槍ヶ岳」だ。

 山小屋で見た、TVの天気予報は、雨だって。

 ほんとうかな。


 このところ、気象予報士は『荒れる』と予報を出し続けてきたから、意地になって、

 取り下げないんじゃない。
 
 

 きょうは大天井岳(おてんしょうだけ)が目標だ。

 この山岳名を読める登山者がすくないのが、特徴だ。



 肥満児の方は、この岩の隙間を通り抜けられるのかしらね。

 通れなければ、引き返せばいいんだよ。

 せっかくここまで来て?

 余計な心配はやめておこう。

 こんな無責任な会話が飛び出す


 大天井岳は標高2,922 メートルだ。

 表銀座(燕岳⇔槍ヶ岳)の通過点にしか思われていない。

 もし3000メートルならば、きっと人気の山岳だろう。


 ひとまずは記念写真を撮る。集まれ。ふたり足りないや。

 意思疎通は完ぺきなパーティーなのに……。


 のんびり登ってくるのかな。



 さあ、あの雲を嵐の前触れ、台風の前兆とみるべきか。

「安全登山」がそれぞれの脳裏を横切る。

 話すほどに、安全が最大限に大切だ、という意見が支配的になる。


 気象予報士を信じてみよう。

 槍ヶ岳を止めて、常念岳にむかおう。

 無念だが……。



 大天井岳から、常念岳へと登攀(とうはん)する。

 この先は、予定を1日短縮した、切ない気持ちの下山がはじまる。

 その分、背中の食料や荷物は減らない。


 この常念山脈は、平坦な稜線がつづく。

 穂高健一著「燃える山脈」では、常念山脈と表記されていたな。

 200年まえには、 アルプスなんてことばはなかった。

 すると、だれが変えたのか。

 ヨーロッパかぶれの山岳団体か。

 
 常念小屋に泊り、夕映えを見つめる。


 幻想的だ。心がしびれる。
 


 タイトル「祈り」

 もう、雨が降ろうが、晴れようが、あすは上高地に下山だ。

 われわれパーティーは、なおも槍ヶ岳に未練と執着を残しながらも、一路、蝶が岳にむかう。

 遠方を見れば、飛騨山脈には小粒な槍ヶ岳の穂先がみえる。

 200年前のみならず太平洋戦争後も、飛騨山脈と教科書で正式に教えられていたそうだ。

 「飛騨だと、面白くねぇ」、と信州側(長野県)の知恵ものが、作為的・観光的に北アルプスに変えてしまったのだろう。もはや、ロマンに満ちた、不動のゆるぎないことばになった。

 「ともかく、さらば、槍よ」



 いいね、

 決まっているね。

 稜線には、雲海がよく似合う。
 
 雲の表情が、高所登山の魅力の一つだ。

 大荒れの天気予報だったが、結局、一滴の雨にもあたらずだった。

 かつて猟師は雲の動き、風向き、湿りっ気、鳥の鳴き声、動物の行動で、山の天気を予測していたものだ。

「登山者よ、気象予報士をあてにするな」

 自分で、事前に天気図を見ておいて、猟師のごとく敏感に天気を予測しよう。

 それにつきる。

 
                  撮影 : 小林、伊藤

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