登山者よ、気象予報士をあてにするな=北ア・表銀座(下)
あれを見よ。目指すは、北アルプスの峻峰「槍ヶ岳」だ。
山小屋で見た、TVの天気予報は、雨だって。
ほんとうかな。
このところ、気象予報士は『荒れる』と予報を出し続けてきたから、意地になって、
取り下げないんじゃない。
きょうは大天井岳(おてんしょうだけ)が目標だ。
この山岳名を読める登山者がすくないのが、特徴だ。
肥満児の方は、この岩の隙間を通り抜けられるのかしらね。
通れなければ、引き返せばいいんだよ。
せっかくここまで来て?
余計な心配はやめておこう。
こんな無責任な会話が飛び出す
大天井岳は標高2,922 メートルだ。
表銀座(燕岳⇔槍ヶ岳)の通過点にしか思われていない。
もし3000メートルならば、きっと人気の山岳だろう。
ひとまずは記念写真を撮る。集まれ。ふたり足りないや。
意思疎通は完ぺきなパーティーなのに……。
のんびり登ってくるのかな。
さあ、あの雲を嵐の前触れ、台風の前兆とみるべきか。
「安全登山」がそれぞれの脳裏を横切る。
話すほどに、安全が最大限に大切だ、という意見が支配的になる。
気象予報士を信じてみよう。
槍ヶ岳を止めて、常念岳にむかおう。
無念だが……。
大天井岳から、常念岳へと登攀(とうはん)する。
この先は、予定を1日短縮した、切ない気持ちの下山がはじまる。
その分、背中の食料や荷物は減らない。
この常念山脈は、平坦な稜線がつづく。
穂高健一著「燃える山脈」では、常念山脈と表記されていたな。
200年まえには、 アルプスなんてことばはなかった。
すると、だれが変えたのか。
ヨーロッパかぶれの山岳団体か。
常念小屋に泊り、夕映えを見つめる。
幻想的だ。心がしびれる。
タイトル「祈り」
もう、雨が降ろうが、晴れようが、あすは上高地に下山だ。
われわれパーティーは、なおも槍ヶ岳に未練と執着を残しながらも、一路、蝶が岳にむかう。
遠方を見れば、飛騨山脈には小粒な槍ヶ岳の穂先がみえる。
200年前のみならず太平洋戦争後も、飛騨山脈と教科書で正式に教えられていたそうだ。
「飛騨だと、面白くねぇ」、と信州側(長野県)の知恵ものが、作為的・観光的に北アルプスに変えてしまったのだろう。もはや、ロマンに満ちた、不動のゆるぎないことばになった。
「ともかく、さらば、槍よ」
いいね、
決まっているね。
稜線には、雲海がよく似合う。
雲の表情が、高所登山の魅力の一つだ。
大荒れの天気予報だったが、結局、一滴の雨にもあたらずだった。
かつて猟師は雲の動き、風向き、湿りっ気、鳥の鳴き声、動物の行動で、山の天気を予測していたものだ。
「登山者よ、気象予報士をあてにするな」
自分で、事前に天気図を見ておいて、猟師のごとく敏感に天気を予測しよう。
それにつきる。
撮影 : 小林、伊藤