A010-ジャーナリスト

著名な作曲家・演奏家がなぜ無料コンサートを開催?=音楽の原点の発見(下)

 くれなゐ楽団は、後輩指導にも、大きな主眼をおいている。
若い音楽家は芸大を出ても、高度な演奏技術を持っていても、実戦で活躍の場がない。演奏会の場数を踏むほどに、実力が増していくものだが、その勉強できる場が少ないという。
「若手の尺八演奏者が無理して、あえて公演をやれば、古典の尺八の曲になってしまいます」
 なぜか。それは新曲とか、編曲とか、観客が知っている歌謡曲とかを織り込みたいと思えば、譜面を作成するためのお金がかかってしまうからだ。

 くれなゐ楽団のメンバーならば、尺八演奏者には発表の場があり、作曲家の菊地さんからボランティア(無料)で譜面がもらえる。
 尺八にはベートーベンの曲はない。しかし、菊地さんはそれを編曲してしまう。
「指使いは大変でしょうけど、『運命』を尺八で演奏すれば、演者も、観客も楽しいものです」
 舞台のみならず、若手演奏家には楽屋における人間関係のつながり、必要なマナーなど音楽家にとって大切な学びの場となっている。
「くれなゐ楽団は、音楽家の後輩を育ていく良い場になっているとおもいますわよ」
 そう強調した酒井さんは、みずから歩んできた姿と経験から語っているとおもえた。

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 入場無料でも、当然ながら付帯費用がかかる。チラシ製作費、会場費、音響係、照明係の費用は発生する。節約に節約しても、当日の電気代もメーターを量って取られる。それら経費は平均して18万円くらいかかるようだ。
 チラシはデザインが高いから、手づくりで入稿して印刷してもらう。
「くれなゐ楽団の後援として老友新聞がいます。酒井さんが月一回のコラムを掲載している新聞社です。そこからの支援があり、助かっている面があります」
 酒井さんの人脈のつながりに負う面が強いと、菊地さんは語る。
 
「入場無料でも、観客を集めることは大変だな、若い人は意外と来ないものだなとおもいます」
 くれなゐ楽団の観客は見渡しても年齢層は高い。菊池さんの作曲、選曲は観客の齢層に合わせているという。
「入場無料でも、その日の天気とか、気分とかによりますしね。チケットを買っていると、人間は勿体ないからと、来ますけれどね」
 例年の観客は140人くらい。
 
 今年の足立区の公演は「のこぎりキング下田」さんとジョイントでしたから、約180人と多かったと話す。
「10~30代、勤め人とか、若い年齢層はなぜか来ないですね。3回目の公演くらいで、若いひと向きの選曲は外した方が良い、とわかってきました」
 演奏そのものは簡単で、3回のリハーサルで充分。演奏者は交通費もボランティアで自費だから、出向いてくる回数も配慮した作曲を心がけている、と菊池さんは語る。


「音で笑える。クレージーキャッツ、ザ・ドリフターズは、観客が乗っていますよね。くれなゐ楽団でも笑えるところがあっても良い。それを狙っています。突如として、妙な音が鳴ったために笑う」
 楽しめる作曲も組み込んでいる。

 雇われた音楽公演となると、遊び心を組みこめば、主催者から『お金を払ってやるんだから、ちゃんとやれ』という態度がみえ隠れするようだ。
「コンクールみたいな堅苦しい音楽会は、つまらないですよね。ボランティアですから、わたしたちも舞台で愉しむし、お客さんも愉しんでもらっています」
「酒井さんから、親しみやすく、どういう曲が受けるのかと知恵を貰っています」
「第一回目のファンもいらっしゃいますから、ありがたいです」
「多くの観客は酒井さんのお客さんです。他のメンバーはそういう人脈は持ってないし、皆には集めてよ、と言っているけれど、難しいですよね。日ごろの人脈作り、友だち作りはむずかしい」
 菊地は朴訥とした口調で語る。かれも決して上手とは思えないけれど。

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 夏1回の本公演とは、別に有志で演奏活動もやっている。
「年に何度か、神社の奉納演奏もおこなっていますのよ。わたしがクルーズの琴演奏とか、別の仕事と重なり、参加できず、男性だけの華のない演奏会でも、やる? と訊きましても、当然やります、という返事です」
「神社奉納演奏といっても、ボランティアです」
 和太鼓の関根まことさんは、りっぱな防音スタジアムを持っており、太鼓チームがあり、EXILE(エグザイル)のバックもやっているし、海外公演も多い。100人の弟子がいる。たとえば、こんかいの神社演奏は、和太鼓はダメなんだというと、関根さんはプスッとしていますよ。それほど、5人はボランティアデも、くれなゐ楽団での演奏が大好きなのだろう。

「靖国神社の奉納演奏は大雨でしたから、ひとは誰もいなかった。ご祭神に対しての演奏でした。神さまは音楽が大好きですからね」
 酒井さんは屈託なく明るく話す。


 くれなゐ楽団とはなにか。

 従来のプロ音楽家の常識をくつがえしている。発想の転換、新しいスタイルの音楽活動である。
 主催者任せの音楽会でなく、すべてがかれらの手作り。公演の企画から、編曲、選曲、そして真摯に区役所に頼みにいくことからはじまる。そして、ネット時代における無料化に挑む。
 
 原始、古代には貨幣経済などなかった。音感の優れた人が竹、石、革などを使う楽器演者として、集落のひとや神々を愉しませたに違いない。

 くれなゐ楽団のメンバーは欲得、お金、利益などを超越していた。かれらには一流という驕(おご)りはなく、斬新さと同時に、音楽の原点に立ち返った姿がある。結成から7年経った今、さらなる音楽の発展と、将来のあり方が視野に入っているはずだ。
 やがては、プロ音楽のネット化革命につながると期待したい。

                    【了】

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