A010-ジャーナリスト

著名な作曲家・演奏家がなぜ無料コンサートを開催?=音楽の原点の発見(上)

「のこぎりキング下田&くれなゐ楽団」のコンサートが、2018年8月19日に東京・足立区の梅田地域学習センターホールで開催された。琴、和太鼓、尺八、キーボード、ハーブなど、いずれも一流の演奏家たちである。
 チラシには『入場無料・申込不要、どなたでもご入場できます』と謳っている。満席に近い観客だった。

 ブロの演奏家が2時間のぶっ続けの公演は見事であった。
 選曲は日本人になじみ深いものばかり、観客が酔いしれている。演奏がわ、観客がわの一体感肌で感じとれた。まぎれもなく超一流の演奏家の「くれなゐ楽団」が、なぜ無料で演奏会を開催するのか。聴くほどに疑問が高まるばかりだった。

 一般にプロとは、どの分野においても卓越した技術で、お客を楽しませ、満足を与え、独特のこだわりがある、そして、お金を稼げるひとだ。お客は期待通りだと、次回もリピーターになる。反面、その期待が裏切られると、次回からは遠ざかっていく。プロの活動家は、その厳しさを常に感じて、お客と真剣に向かいあっている。

        *

 くれなゐ楽団はなぜ入場無料なのか。その考え方、狙いが知りたくて、作曲家(当日はハープとキーボードを演奏)の菊地慶太さん、琴の名演奏者の酒井悦子さんに取材を申し込んだ。

 新宿で、ふたりから話しを聞くことができた。

 菊地慶太さん(49歳)は作曲は小学生の頃からはじめており、音楽大学の作曲学科を卒業し、さらに国立の学芸大学・大学院へと進んでいる。そして、プロの作曲家活動を展開している。
 27年間にわたり『猫勧進』として活動をやってきた。
 7年前、2011年には「自由で、実験的な別働隊をつくろうよ」と作曲家の菊地さんと、「年に一回はやりましょうね」と人脈の多い琴演奏家の酒井さんと呼吸が合い、『くれなゐ楽団』を起ち上げた。紅(くれない)に対して『ゐ』をつかうのはイメージだという。
 5人編成で、菊地さんが4楽器の編曲を一手におこなう。

「なぜ一流のアーチストが無料で、演奏会を催すのですか」と単刀直入に訊いてみた。

「ボランティアによる音楽活動が、社会的に認められるか、どうか。音楽の実験です」
 具体的に、どんな実験ですか。
「観客からお金を貰いますと、分配の面で不平、不満がでてきます。誰がいちばん働いているとか、もめ事のタネになります。入場無料で、観客からの収益がないわけですから、メンバーはボランティア出演になります。争いの回避が継続性につながります」

「逆ですと、最悪は一回ぽっきりの演奏会で終わってしまいますからね」
 酒井悦子さんも、おなじ考え方を述べた。

「くれなゐ楽団は出演料もなければ、自己負担もなく、舞台で演奏ができるのです。各自、楽器を自前で会場に運んできます。それ以上の持ちだし、吐きだしがあれば、くれなゐ楽団の持続性に難がでてきますから」
 作曲家の菊地慶太さんは、持続性を強調した。

 プロはどれだけ稼げるか、という尺度もありますが、最初から、音楽家の皆さんは入場無料に賛成でしたか、と質問をむけてみた。
「くれなゐ楽団を立ち上げる前、それぞれの演奏家に面接して、なぜ、ボランティアなのか、趣旨を説明しました。演奏会は1年に1回だし。練習は3回のみ。ただし、交通費は自分で払う。現在のメンバーは理解してくれました」

 菊地さんがボランティアの音楽活動に、三つのメリットをあげてくれた。
① 演奏する私たちは、舞台に立って演奏していて、とても愉しい。

② 第三者に雇われているのではない。(主催者の思惑)ここはこうしてください、という強い要求・難題もない。媚びる必要はない。自分たちが楽しく演奏ができる。

③ 演奏者の楽しさは、会場のお客さんに伝わっている。

 自由演奏活動が、つまり音楽実験という趣旨のようだ。

「プロアーチストは、チケットを売るのが努力といいますか、その精神的な負担がとても大きいのですよ。演奏会の無料ですと、その労苦から解放されます。くれなゐ楽団はチケット売る努力がないのです。演奏会は無料だから来てね、とお誘いしやすいですしね」
 酒井さんがことばを添えた。

「無料だと、入場者が来るかこないか、観客席の埋まり方がまったく予測できない。ここらが実に不透明です」
「入場者がいらっしゃらなくても、5人は演奏をやれるわけですからね、ストレスはないのです」
 酒井さんが明るく話す。

      【つづく】

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