A010-ジャーナリスト

地球のかなたに奏でる国際派の箏(こと)演奏家(上)=酒井悦子さん

 豪華客船のなかで、箏(こと・以下は琴)の音がひびく。クルージングの乗船客が日本の伝統音楽に、ふかく心酔している。そこは海洋ですごす非日常の快適な空間になっていた。
 弦を奏でるのは、筝曲家(そうきょくか)の酒井悦子さんである。

 酒井悦子さんは、国内航路の数日間ツアー、世界一周(約3か月)の乗船客のまえで琴を奏でる。
 彼女は1992年から豪華客船の「ふじ丸」、「にっぽん丸」、「ぱしふぃっくびいなす」、「飛鳥2」などに乗船し、船内のメインステージで活躍されている。

 日本客船は99%が日本人である。洋上の船旅が単調にならないように、船会社は日々に楽しくなるメニューを用意している。エンターテイナーとして、有名タレントの出演からはじまる。落語、日本舞踊、ダンス、ジャズなど、さまざまな催しのメニューがつづく。

 日本豪華客船の世界一周は、横浜港から荷を積み込み、出航する。
「エンターテイナーがそれぞれ分担されて、寄港地から乗り込みます。琴の演奏はいきなり横浜ではなく、飛行機でシンガポールに入り、そこで乗船し、演奏活動を行って、エジプトで下船するとか、あるいは南アフリカで乗り込み、ブラジルで降りるとかいたしております」

 世界一周の船旅で、琴の演奏をメインに期待した乗船客はまずいないという。
「皆さんはふだんの生活で邦楽に接したり、目にしたりする機会はまずありません。船内で、私たちの琴の演奏があって聞き入ってくださる。日本の伝統音楽の良さを思いだしてもらう。一期一会です」
 ときにはブラジルで豪華客船に乗り、パナマ運河を通り、サンフランシスコで船から降りて空路で帰国する。

 酒井悦子さんは、国内の船内イベントにおいて、客船の航路や地域の特性や四季を考えた企画を立てて船会社にプレゼン(提案)をする。単に琴の演奏にとどまらない。

 酒井悦子さんには彩な文化に精通した才能がある。夏場には、「お菊の皿」の幽霊を落語や新内(浄瑠璃)でストーリーを運び、琴と尺八と三味線を組み合わして楽しんでもらう。

 瀬戸内海の航路では、清少納言「枕草子」の父親(清原元輔)が転勤で船の通った道だったからといい、文学者の講演と組み合わせた教室を開く。
 まさに、彼女は日本文化を継承し、推進していくコーディネーターである。

「複数の組合せによる企画を考えるのが、とても好きなんです」
 おなじ乗船客(リピーター)が大勢いるので、いつも同じ出し物はつかえない。お茶席においては、客船が寄港する土地の焼き物(陶器)をつかい、特産のお菓子をだす工夫がなされる。

「乗船された地方のお客さまから、うちの県にはこんな民謡があるわよ、と教わります。選曲のヒントをもらうこともあります」
 酒井悦子さんはそれらも吸収しながら、日本の伝統文化や古来の芸能などを大切にし、幅広くジャンルを組み合わせた企画立案をおこなう。むろん、それだけの多種多彩な知識が、彼女の頭脳になければ、とても複数のコーディネートなどできない。
 

 クィーンエリザベスⅡが来日した横浜港の入港の際には、酒井悦子さんがメインステージを勤めている。

 主要な演奏の経歴もおどろくほど幅広い。かんりゃくに紹介すると、世界文化交流協会カナダや、アメリカ公演には最年少で参加している。東京都庁がオープンときの記念演奏。大田区とは姉妹都市のアメリカセーラム市で、交流会の記念演奏もおこなう。

 サッチャー元首相が来日(1982年)したときには、歓迎のオープニング・レセプションで、琴を演奏している。選曲としてビートルズを選んだという。1人で演奏はできないので、琴の四重奏(4人で弾く)で奏でた。
「サッチャー元首相にはとても、喜んでもらえました。離日まえにも招(よ)んでくださいました。そして、琴=ビートルズの録音テープを持って帰りたいと、サッチャーさんから申し出がありました。急きょ、わたしたちは別のホテルの一室で録音いたしました」
 彼女は良き思い出として語る。

 日本が主催した世界首脳会議(サミット)においても、彼女は歓迎演奏をおこなう。さらには、JOCオリンピック総会のVIPレセプションで記念演奏。世界各国から来賓の歓迎レセプションの公邸、迎賓館などでも演奏している。
 
 ブータン(国王)夫妻が、東日本大震災後に初めての国賓として来日された(2011年)。参議院議長公邸で、ワンチュク国王夫妻の歓迎昼食会が開催された。同公邸の庭では、酒井悦子さんたち3人が日本伝統音楽である筝曲「六段の調」、「お江戸日本橋」など抒情歌を弾いていた。
「素敵なご夫妻でした。私たちの琴演奏のまえで、ご夫妻が足を止めて、じっくり聴いてくださいました」
 彼女は思い出ぶかく語る。
                 

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酒井悦子さん・プロフィール
                       写真提供:酒井悦子さん

                               【つづく】

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