ジャーナリスト

平和は戦争の仮面をかぶる(2)

 太平洋戦争はとはなにか。
 日本が中国大陸において、満州国の独立を宣言し、国際連盟から総批判を受けた。諸外国から経済封鎖がされてしまった。
 それをもって、統帥部の山本五十六司令長官がパールハーバー(真珠湾)を攻撃した。むろん、国民のコンセンサスなど、みじんもない。

 マスコミが戦争を煽ったり、戦争への道筋を作ってきた面がある。政治家が事実を折り曲げたり、明らかに嘘をついたりしている。それを知りながら、大本営発表で、記事にしてきたのだ。政治家への批判精神が大きく欠けていた。政治家や軍部の嘘が、戦争のがん細胞となり、戦争を優先する国家へと、不随の国家になってしまったのだ。

 現代でも通用するが、政治家のウソを見過ごす、体質がマスコミにあることだ。あきらかに歪曲と嘘があると知っていても、次の記事ネタをもらうために、深く追及をしない。ジャーナリズムの本質の批判精神が、ポーズだけで終わっている。

 この頃はメディアの発信よりも、フェイスブック、ブログの方が真実味がある。鋭い追及や、良い勘所をもっている。
「龍馬の手紙発見」という記事に対して、文面、実物写真、専門家の「本物に間違いない」というコメントにたいして、見事なまでに異論を展開し、偽ものだと実証してみせるのだ。説得力がある。

 博物館の研究員の発表通り。そこに危険を覚えた。メディアの記者が目を閉じた。

 戦争とは何か。平和とは何か。わたしはそれを取材のテーマとし、片や、つねに自分自身に問いかけている。大砲や銃弾が飛び交っていなければ、平和なのか、それは違う。

『安全、安心、自由』の三つがそろった社会である。私はそう定義している。戦争抑止のためには、自衛の軍備は必要だ。国民の総意だったとしても、過剰になっていないだろうか。


 古代ギリシャ時代から、戦争の起きる理由は3つに要約できる。『利益』、『恐怖』、『名誉』、この三つは現代にでも十二分に通用する。軍事資源の確保、武器産業と政治家が裏利益で結びつく。ここらは狂いがない戦争理由だろう。

 過剰な武器と軍備をもつと、相手(仮想敵国)の国民や軍部に、じわじわ恐怖を与えていく。やがて、相手は自己防衛のためにと言い、先制攻撃をしかけてくる。抑止が戦争の原因になる。つまり、あいてに『恐怖』を与えすぎると、戦争になってしまう。

「平和」という耳ざわりの良いことばは、使い方によって戦争を招く凶器になる。
 
 東条英機が内閣総理大臣になった時、就任演説で、十数回も、平和ということばがでてくる。国民はみな平和社会がくると信じた。当時、中国大陸で展開されていた日中戦争の解決につながる、とも思った。
 まさか、2か月後に、パールハーバー(真珠湾)攻撃がなされる、海軍統帥部の頂点にいた山本元帥が、そんな準備をしているとは国民は想像もしていなかったのだ。

 政治家は口で平和を唱え、両手で銃弾を撃ち込む。

 太平洋戦争は軍艦マーチで始まり、国民総動員令で、個々人の自由を奪い取り、戦場へと駆り出されていった。そして、国内の民衆は大空襲で逃げ惑った。

 政治家や軍部は、きまって自己防衛、平和回復のため、という理由で突入する。最終目標は、平和社会を取り戻す、という理由だ。

 平和は政治家の道具にされやすい。政治家はいつも平和の仮面を被っている。

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