東京下町の情緒100景

東京下町の情緒100景(090 下町の外国人さん)

 ヨーロッパ系の人が、怒っていたことがある。日本人は『外国人』といえば、アメリカ人だと決めつけている。日本人は身近なアジアなど頭に描かず、視野のなかにない。世界はひとつにしても、アメリカ一辺倒では、日本人の意識の底は浅過ぎる。淋しい限りだ。


 下町の商店街にも、住宅地にも東南アジア、中国、韓国のひとが増えてきた。国際色豊かな多彩な肌が日常のなかでも、ごく自然に見られる。

 外国人の彼女たちがウインドー・ショッピングしている。陳列されたバッグ、宝石、アクセサリーなどを凝視している。彼女たちの目はガラス越しに光っている。
 彼女たちの背中には異国の情感がある。

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東京下町の情緒100景(089 縁日)

 わたしの家まで、太鼓の音が聞こえてきた。東京音頭の曲が流れている。わたしの心は躍る。わたしは神社の秋祭りがとても好きなの。
 

 待ちに待った祭りの日だから、鳥居まで駆けていった。境内まで、テントの屋台がならぶ。どの店も裸電球がつよく点る。電球の明かりで、食べ物がみな光って見える。

 母さんから小遣いをもらってきた。今月のお小遣いもある。屋台を一軒ずつみて回った。なにを買おうかと迷ってしまう。隣の子が持っている綿菓子がいいな、と思う。でも、決められない。

『わたしって、心がとても迷いやすいの』
 もう一度、鳥居から見て回ることに決めた。

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東京下町の情緒100景(088 夕暮れの慕情)

 下町の彼女は商家の娘だった。10歳も年上の男性に想いを寄せていた。かれは売れない戯曲を書いていた。彼女はふいに彼からデートに誘われた。
 ふたりは街なかで肩を並べて歩いた。公園でブランコを乗ったり、外食レストランで食事したり、会話が弾んだ。かれの最新作は『夕暮れの慕情』だった。今回もお金にはならない作品だったけど、落胆には慣れているという。売れない戯曲家は、フリーターで生活費を稼いでいた。


「ストーリーを聞かせて」
「淡く切ない愛の物語なんだ」
 かれがしずかに語ってくれた。
「かわいそうな恋人ね」
 彼女は哀れなヒロインに同情した。彼女自身は実に幸せなひと時だった。
「きょうは夜の帳(とばり)が下りる前に、君を帰してあげたい。また、逢おうね」
 かれは優しい口調でいう。
(夜になっても、いいのよ)
 彼女は自分のほうから言えなかった。


 数日後、かれから二度目のデートを誘われた。
「また、いろいろ話したいけど、ぼくの休みは水曜日なんだ」
「水曜は習い事で、都合が悪いの」
 彼女は心にもないことを言ってしまった。

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東京下町の情緒100景(087 川原のススキ)

川面の直射の光の輝きは、真夏の強烈さが弱まってきた。いつしか夏が終わり、秋の風を感じてきた。中川の橋を渡り、下流沿いに足を運んでみた。

川辺の一角では、群生するススキの穂が風に揺れている。


 都会のススキにはなぜ華やかさがない。数十本が穂先を合わせてゆれても、応援団のような賑やかさすらない。なぜだろうか。太陽の下にありながらも、川原のススキは輝きすらもたない。

 秋の声をひとたび聞くと、中秋、晩秋と、季節の変わり目がことのほか早くなる。ススキほど晩秋に似合うものはない。なんて淋しい情感に色よく染まるのか。

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東京下町の情緒100景(086 汽罐と煙突)

白髪の老人がふいに足を止めた。かれは若いころから船乗りだった。日本の主要な港を知り尽くす。60歳で引退したけれど、あるときは隅田川の川船で船長帽を被っていたこともある。
老人のそばには十代初めのひ孫がいた。

「汽罐の意味はわかるかな?」
 ひ孫は首をかしげた。まるで難しい国語のテストに出会ったような表情だ。
「ポンポン蒸気船って、どんな船か、わからないだろうな?」
 知らない。ひ孫は素っ気ない口調で、まったく興味を示さなかった。
「焼玉エンジンって、聞いたことがあるか?」
 ぜんぜん。
「焼玉エンジンは煙突からポンポンという音を立てて、煙を吐きだしていた。小太鼓をたたくようなリズムで。だから、ぽんぽん船といわれたものだ。いい情感があった」
 もうないの? ぽんぽん船は。
「いまはジーゼル・エンジンなどに変わってしまったからな」
 じゃあ、みられないんだ。
「ポン船のあの懐かしい響きは、もう聞けないだろうな」

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東京下町の情緒100景(085 格子戸)

 格子戸の家があると、妙に懐かしい情感をおぼえる。なぜだろうか。格子戸から、ごく自然にちょっと奥をのぞき見る。もう何十年前の情景だろうか。格子戸の家が残っているだけでも、下町に情緒を感じる。


 碁盤の升目の奥には、庭の花壇に四季の花が咲く、縁側の老夫婦が日向ぼっこする、幼子が庭で三輪車のぺたるを漕ぐ。生活が明け透けにみえるそんな時代があった。「胸襟を開く」ということばがあるが、格子戸の家と家は、良い近所付き合いができた。

「奥さん、いる?」
「まだ、使いから帰ってないよ。どこかで立ち話しさ。井戸端会議が忙しい女房だから」
「煮物を作ったら、食べてみて」
 ガラガラと戸が開く。
「悪いね。いつも」
「あら、こちらこそよ。昨日は奥さんに、魚をいただいたわ。新鮮で、とてもおいしかった」
「外房に、釣りに行ったもので、な。お裾分けさ」
「あら、そうなの。坊主だったから、魚屋で買ってきた、ときいたけど」
「余計なこというものだ。亭主の恥をさらして、喜ぶ女房さ」

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東京下町の情緒100景(084 おもちゃ屋)

 子どもたちが成人してしまうと、おもちゃ屋から遠ざかってしまった。でも、思い出がたっぷり。2人の子どもが生まれても、エンゲル係数の高い生活だった。

 幼い子の手をつないで、おもちゃ屋の前を通るのが怖かった。子どもらは決まって、玩具をねだるから。

「まだ結婚するには、早すぎる歳だ。家庭に入れば、経済力が大切だ。男の生活が固まってから、結婚したらどうだ」と、実親に反対された。
 あの時は、いまの愛を失いたくなかった。駆け落ちする勇気はなかったけれど、「ぜったいに親に迷惑はかけない」と断言し、ともかく結婚までこぎつけた。

 子どもが生まれると、親の忠告が身に染みてわかった。給料日から数日にして、財布のなかはもう空っぽと同然。おもちゃ屋の前で、2人の子どもが泣き叫んでも、わが家につれて帰るより仕方なかった。子どもらに玩具を買ってあげられないのが、とても心底から切なかった。

 それでも給料日の翌日に、上の娘には『おしゃべり熊さん』を買ってあげた。寝床に入っても、娘は手から離さなかった。

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東京下町の情緒100景(083 祭りの準備)

 槌音が早朝からひびいていた。とび職がやぐらを組み立てていた。
 下町の秋祭りがきょうから始まる。 

 槌音で呼ばれたかのように、町会の世話役が集まってきた。「きょう、あしたは天気に恵まれそうだね」という挨拶が交わされた。各班ごとに散っていく。それぞれが分担された持ち場で働きはじめた。

 神社の格納庫からは、金箔が光る神輿がおごそかに取り出された。子ども神輿だ。テントまで運ばれた神輿は、脚立の上にていねいに置かれた。
 午後から、二つの神輿が稚児たちとともに町内の路地をねり歩く。

 本殿では、背の高い男性が竹箒を手にして背伸びしながら、天井や軒下をすす払いしている。上向きの仕事は体力がいるものだ。それぞれの顔には汗がにじみ出ている。
 かれらは一通りの清掃が終わると、こんどは純白の太いしめ飾りを取り付けはじめた。すると、神社全体に威厳が出てきた。

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東京下町の情緒100景(082 花屋)

 けさも早朝に市場から彩り豊かな花を仕入れてきた。朝10時の開店準備で、最も忙しい。それでも、きょうはどんな客が来るのだろうか、と気になる。
 人生の幸福でも、不幸でも、花だけはつきものだから。毎日いろいろな買いにきてくれる。
               


「恋人にプレゼントの花は何がいいかな?」
 若い男性が相談してくれたならば、きょうならば、ローズマリーのバラを勧めてあげよう。

 夫婦仲のよい夫が、{愛妻の誕生祝に花を贈るんだ」といったら、新婚時代のの思い出の花を選ぶかもしれない。差し出がましい、花のお勧めなどは止めよう。商売には控えめも大切だし。

「玄関に一輪挿しの花を買いたいの。週に一度、一本だけで悪いわね」
 路地裏の40代の女性がやってくる日だ。彼女は香りのよい花が好きだという。お香代わりなのかしら。きっと家のなかは整然と片付いるのだと思うわ。

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東京下町の情緒100景(081 アーケード街)

 歴史ある商店街だ。けさも天井の明り取りから、朝陽が射す。10時には両側にならぶどの店も開店だ。ふだん着姿の買い物客がやってくる。いつもの同じ光景である。

 歳月をさかのぼれば、昭和50年代まで、下町随一の商店街だとまでいわれた。遠くから電車に乗って買物客がやって来た。日曜日の夕方ともなると、買い物客が多く、満足に歩けなかったくらいだ。

 いつしか大型スーパーの影響から、遠方からの客が少なくなった。商圏が縮んでしまったのだ。それでも、徒歩や自転車の客はここを贔屓にしてくれる。だから、老舗もがんばっている。時代の流れだとは、決してあきらめていない。

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