【孔雀船100号 詩】 のどけからまし 望月苑巳
更新日:2022年9月 1日
そろりと
人に見上げてもらいたくて
静かに
ぼくの心から出ていってしまった人も
そろりと
咲いたことがありましたね
本郷三丁目駅の
クジラの目のような出口から
春も咲きました
うるうると目頭を押さえて
一歩、二歩、三歩
電車が散ってしまっても
つまづきながら咲きました
あれから長い時が
短い慟哭を越えてゆきましたね
けれど伊勢物語のように
春の心は のどけからまし
というわけにはいかなかったのです
夜になって
夜鬼がでしゃばって
さくらの枝がしなりました
きっと
そんな過去は折ってしまえと思ったのかも知れません
そろりと
地下鉄はぼくを呑み込んで
クジラになりました
*世の中に絶えて桜のなかりせば春の心はのどけからまし 在原業平(伊勢物語八十二段)
【関連情報】
孔雀船は100号の記念号となりました。1971年に創刊されて40年以上の歴史がある詩誌です。
「孔雀船」頒価700円
発行所 孔雀船詩社編集室
発行責任者:望月苑巳
〒185-0031
東京都国分寺市富士本1-11-40
TEL&FAX 042(577)0738
イラスト:Googleイラスト・フリーより