A040-寄稿・みんなの作品

【詩集 クリムトのような抱擁】 クラゲの抱擁 = 望月苑巳

クラゲの抱擁

シンと更けてゆく胸の内に

尖った男が住んでいたころのことだ。


部屋の掛け時計が止まっていても

失った人がいれば悲しみの針は止まらない。

夏のひまわり畑で、残酷な黄色が太陽と結婚する時間

喉が渇いて水が欲しくなるほど、青い海原を泳ぎきったあと

クラゲのように抱擁し

たっぷりと恍惚の水に溺れる

それは時間の砂に埋もれた裸体の思想だ。


賑やかで派手なサーカスが、どこか淋しいのはなぜか知っていますか。サーカスのテント裏には、失敗したナイフ投げの名もない弟子や、滑り止めを忘れて落下したブランコ乗りのゴシック体が、紳士のように並んでいるのです。


尖った男が象の調教師で

その昔象に恋したことがあったと、女は知っていた。

振り返ってみれば

人生はすべて借りと貸しからできているということだ。

だから、女は割り切って男を愛したのに

哀しみの時計が針を巻き戻すことはない。


夏の海にいて、なぜ、惨憺たる漆黒の闇を見るのですか。胸の内に深海の流れを見るのですか。あの手のぬくもり、殺気を閉じ込めた頬の陰影。男は嫉妬でほっこりと女の手を食べ始め、女は傲慢な拒絶で男の足を齧ったのです。


夕凪はふたりを繭玉のように包み込み

すなわち原子に帰っていった。

人間は欲望から成り立っているのだから

クラゲの抱擁ほどいやらしく神聖なものはないのだ。


クラゲの抱擁  PDF


【作品 情報】

詩集 クリムトのような抱擁


2018年10月25日発行


著者 望月苑巳 (もちづき そのみ)


発行所 七月堂


〒156-0042
東京都世田谷区松原2-26-6


☎ 03-3325-5717

FAX 03-3325-5731

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