寄稿・みんなの作品

【孔雀船Vol.92】 百人一首が濡れて = 望月苑巳

垣根越しにどこからか聴こえてくる

ピアノの音をほどいて背中を軽くする

なまぐさい世界に通じるのはこの夕焼けか

アゲハ蝶のようにひらひらと

定家は筆をひるがえして、そう思う

からだの中から湧いてくるのは

凧揚げやベーゴマ、チヤンバラごっこ

すべて後鳥羽院に取り上げられてしまった

子供のころの遊びばかり

薄っぺらい矜持だけは守ったが

いやいや、戦だけはいかん

魂の輪郭までなくしてしまうから、と

定家はさりげなく呟いてみせる

伊勢のおいしそうな首筋を思い出して

ゾクリ


難波潟みじかき葦のふしのまも


歌比べをしたのは

あの人の声が陰った時だ

勾欄の影が匂った時間だ

さりさりと悲しみの粒が湧いてきて

草深い里へ夫と帰っていったから

ことさら後ろ髪ひかれるのか


逢はでこの世をすぐしてよとや


百人一首を選びながら

ピアノの旋律をなぞって

定家の呟きは

短調に濡れたままだ


【関連情報】

孔雀船は1971年に創刊された、40年以上の歴史がある詩誌です。

「孔雀船」頒価700円
発行所 孔雀船詩社編集室
発行責任者:望月苑巳

〒185-0031
東京都国分寺市富士本1-11-40
TEL&FAX 042(577)0738

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