【孔雀船Vol.92】 さくらいろにそまれ廃墟=船越素子
更新日:2018年8月 9日
さくらいろにそまれ廃墟
新宿梁山泊「少女都市からの呼び声」2018・3・26へ寄せて
船越素子
廃墟のように生きてきたので
そういって帽子をとり会釈する男に
見覚えはなかったが
でらしねのひとだろうか
かすかに古めかしい匂いもする
そのノスタルジアは涙をさそう
胸と石畳に彫り込もうとした
若くて無謀なわたしの記憶を
あなたは空中で抱きとめた
人はノスタルジアで死ぬのですよ
焦がれる思いが胸を突き破る
丸の内三号館 秘密の花園前にて下車
ゴム引きコートの裾翻し
あなたと呼ばれる男が消えていく
都心の一等地のまぼろしの廃墟で
果てしない土地転がしのその先の先へ
スカラベ・サクレの相似・相反性を
いつかはあなたと語りあいたいから
ファーブル『昆虫記』をひもとき
ランチボックスをひろげ
昼の時間を 笑いさざめいていたのだ
気づきもしないだろう
あの中庭のマロニエと
出会ったときにはもう
恋におちていたということ
樹の根はいのちだから
ガラスの子宮が砕け散っても
密やかな作業が繰り返されること
それからは害虫駆除も剪定も
砂粒のような日々を労働にかえた
地下茎が繰りひろげる
不思議な挨拶の作法が
わたしの身体奥深くに棲みつき
さくらいろのガラス玉が廃墟を埋めつくす
いつしか瓦礫のむこうから
吹き荒ぶ行軍の気配が たしかに近づいてくる
【関連情報】
孔雀船は1971年に創刊された、40年以上の歴史がある詩誌です。
「孔雀船」頒価700円
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