寄稿・みんなの作品

葉の裏に隠れた小さな青虫 =  月川 りき江

 数年前、兄から我が家のお墓が佐賀県にあるので、長崎に移したいとの話しがあった。
 兄は全盲で兄嫁が車の運転をしているので、歳とともに佐賀まで行くのが辛くなったと言う。私達姉妹は一も二もなく賛成した。それからほどなくして、6名で佐賀のお寺へ行くことになった。

 男性2名、女性4名。

 お寺の話し合いは午後になっていたので、佐賀に着いてすぐにお昼ご飯を食べることにした。一般的な小料理屋さんで、個室があった。

 食事が運ばれて食べようとする時、兄嫁がこそこそと兄に話しをしている。
「どうしたの?」
 と聞くと兄が、
「僕は見えないけど、『お皿の生野菜の上に小さな青虫がもぞもぞと動いている』と言うんだよ」
 とおしえる。
 兄嫁は内気でおとなしい人だから、何も言えないことは解っている。私はすぐに、
「そのお皿は私のお皿と交換しよう」
 と言って私の前にそのお皿を置いた。

 次のお料理を運んできた若い仲居さんに、この虫を見せて、
「調理場の方に一応話してくださいね」
 と優しくいった。ところが、再度部屋にきて、
「調理場ではいつも丁寧に洗っています。そのようなことは決してありません」
 そのうえで、
「その方のお一人分だけ御代はいりません、とのことです」
 この言葉で私は頭にきた。
「どなたか調理場の人か責任者に、ここに来ていただきたいと言って下さい」
 と穏やかに言った。


 横にいる姉たちは「もういいよ、いいよ」と心配そうに言う。
「私はいやよ、僅か3000円でケチをつけたと思われるなんて、私の気持ちは収まらない」
 すぐに女将さんらしき人が来た。
「事情はお聞きになったでしょう。調理場では洗い方に落ち度はないといわれますが、キャベツやレタスの葉の裏に小さい虫はあるかもしれないでしょう。私も一人分の食事代をけちる為に、五ミリの虫を大事に真綿にくるんで、長崎から、抱っこしてきませんよ。それともハンドバックに隠して持ってきたとでも言うのですか?」
 と、強く言った。
 女将さんは私の剣幕にびっくりしたのか、
「申し訳ございません。調理場の者たちにも言い聞かせます。たしかに小さな虫は葉の裏にいる事もあります。どうぞ機嫌なおして召し上がってくださいませ。お許しください」
 と頭を畳につけて謝られた。

 それから一同は食べたけど、私だけは半分も入らなかった。

 その後お寺へ行き、大事な話をすませて、6時の列車で長崎へ帰る予定だった。ところが兄が飲み直し、食べ直しで、夕飯をすませて帰ろうと言うので、お寺の奥さんの紹介で、近くの料理屋さんへ行った。小さなきれいな店だった。

 部屋に入るとテーブルの上に卓上コンロが二つ用意してある。姉と二人で、「これはおなべだね。」と笑って待った。

 案の定、大皿に食材がいろいろと美しく並べて運ばれてきた。仲居さんがお酒や、おつまみ等の小鉢など運んでから、
「ではどうぞごゆっくり」
 といって去ろうとした。そこで私は、
「あのねぇ、私達主婦はいつも家で炊事をして、お料理しているの。だからこのように外に出た時は、何もしたくない『上げ膳、据え膳』で食べたいから、貴女作ってくださいませんか?」
 とお願いした。
「あ、そうですか、男性だけの時は作りますけど、奥様がいらっしゃるから」
 と優しく言われて、二つのおなべができあがった。
「やはり貴女たちプロはお上手ね」
 と、褒めたたえ味以上に『美味しい、美味しい』と言って食べた。


 帰りの電車の中で姉が、
「貴女、よく言ってくれたね。私もグループで出かける時、いつもおなべは嫌。お店の方は楽なのよ。次からは私もこのように言って頼むことにしよう。やはり貴女がいないとだめねぇ」
 と喜んだ。
 おだてと思っても心地いい。
 私は、今日の自分を振り返って
(私ってクレーマーおばさんかしら?)
 と忸怩たる思いだった。


         イラスト:Googleイラスト・フリーより

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