A040-寄稿・みんなの作品

抱擁の標本/望月苑巳

 さくらのはなびらにじゃれつく猫
 猫の暗闇にぼく
 ぼくの骨格に似た無邪鬼がいる
 とうの昔に夜店で失ったものがそこにある
 柔らかな毛並みを抱くと
 温かいいのちがはらりと
 夢の外へ逃げてゆく
 昨日買った手帳に
 その夢を貼りつける
 抱擁を貼りつける
 喜びの源はぼくの内側にあったと
 その時、気づく
 いのちの回数券が減ってゆくように
 はらり
 はらり
 さくらは散る時、宙で背を向けるだけなのに
 テロメアは
 背を向けないまま
 弟の命日にじゃれついたのか
 これみよがしに
 黙々と目を伏せている散華
 一枚落ちるたびに生を願い
 死を思う
  一枚裏返るたびに
 一歳、歳をとり
 一歳若返る気がする
 その弥生は
 人を狂わせるだけに存在するようだ
 夢の外の闇だまりにはまりこんで
 またさくらと、ダンスに興じている 猫が
 腕の中でチコンと標本になっているので
 ぼくはつるりと泣きだしてしまう


  *テロメア=命の回数券とよばれる。染色体の先端にあり、細胞分裂を繰り返すたびにこの部分は短くなって、死んでゆく。


        イラスト:Googleイラスト・フリーより

【関連情報】

孔雀船は1971年に創刊された、40年以上の歴史がある詩誌です。

「孔雀船」頒価700円
発行所 孔雀船詩社編集室
発行責任者:望月苑巳

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