A040-寄稿・みんなの作品

【寄稿・孔雀船より】 ORIENT CAVE 平岡 けいこ

人が死ぬのに理由などいるだろうか
あなたはいない
この世界のどこにも存在しないのだ
雲ひとつない澄んだ空
こんなにも美しい世界を
あなたと見ることが叶わないのだ


十億年かけてできたオリエントケイブ
「全てはイメージなんですよ。」
マットさんが日本語で説明する
瞳をこらしても確認できない
あなたの本質
様々な人たちの勝手な思い出に歪められてゆく
わたしたちはただ空気のように
いて いる ことが当たり前だった

「一センチ伸びるのに百年かかるんですよ。」
この鍾乳洞の先のほんの一センチが
わたしたちの一生より長いことを
祝福すべきだろうか
鍾乳洞の中は一律十五度で無風
外ほど寒くはない

空気が薄いというが
あなたを失って常に呼吸困難なわたしには
たいした苦しみではない
「最初にインドに行ってエジプトに行って
 ぼくらは三つの国旅行するんですよ。」

あとひとつの国が思い出せない
忘却はやさしいから
わたしはぼんやりしている
全てはイメージにすぎない
あなたが産まれたこと
長い歳月をかけて
記憶と経験を重ねたこと
わたしが得たもの 失って得たもの
漆黒より暗い洞窟の中で
鍾乳洞はさまざまに形作られ
自然が十億年かけて造り上げた
乳白色の彫刻に感嘆する
美しさに意味はないが
形作られる過程には必然がある

水が滴っている
乳白色の鍾乳洞をしっとり
時間をかけて落ちてゆく
それは儚い命の光に似ている
わたしが生き残ったことに理由などない
ただここにいて 明日もいるとは限らない
全てはイメージにすぎないのだ


【関連情報】

孔雀船は1971年に創刊された、40年以上の歴史がある詩誌です。

「孔雀船」頒価700円
発行所 孔雀船詩社編集室
発行責任者:望月苑巳

〒185-0031
東京都国分寺市富士本1-11-40
TEL&FAX 042(577)0738

イラスト:Googleイラスト・フリーより

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