寄稿・みんなの作品

【寄稿・写真エッセイ】 やまざくら = 矢澤 春美

 3月から4月にかけての日々は、人それぞれに、卒業、入学、転勤など人生にからんで、ばたばたすることが多い。

 私は3月末に実家から、亡父の25回忌、亡母の13回忌の法要を勤めたいとの連絡を受けた。そこで年度末の計画をいくつかキャンセルして郷里の和歌山に帰った。
 法事のすべては弟一家にお任せにしろ、参列するだけでは申し訳ないからと、ほんのちょっとだけ手伝った。26日の法要の朝、お墓の花の取り替えや、無住の寺の雨戸開けなど、弟の作業の補助をした。

 実は私には、不謹慎な下ごころがあった。お寺の入り口にある、桜の花を観たかったのだ。樹齢は不明だが、相当な古木で、いつもならばこの時期には満開になっている。しかし、ことしは固いつぼみが、しっかりと枝にしがみついたままで、私のあてが外れてしまった。

『写真:白浜駅裏の山桜。ホームで撮影.2017/03/29』

 それにしても、ことしの日本列島はどうかしている。花冷えに違わぬ冷えこみ方である。東京では、すでに桜が咲いている。しかし、新大阪から、白浜方面行きの「くろしお号」に乗り換えて、紀勢線を南下しても、沿線の山並みにさくらは見当たらなかった。
 下車する藤並駅に近づいた頃、左手のみかん山の中腹にわずかな山桜の花を見つけてほっとした。

 私はどちらかというと、さくらの花にさして執心する方ではない。特に夕暮れ時に満開の染井吉野を見ると、不気味な感じがして好きになれない。むしろ、紅い葉っぱと共に咲く、山桜の方に親近感を覚える。


 実家のある吉見集落の入り口に、友人たちが「春ちゃんざくら」と呼んで、花見をしてくれた山桜の大木があった。この木は数年前から勢いを無くし、とうとう2年前に枯れてしまった。
 桜の花盛りには、近在の写真愛好家が何人も来て、カメラを構えていたそうだが、この話も、もはや昔語りになってしまった。

 久しぶりに味わう故郷の春だ。桜の花がないのは寂しすぎるよ。きっとどこかに咲いているだろう。

『写真:友人が「春ちゃん桜」と呼んだ桜。仲良しの松本君(故人)が撮影した』

 私は、翌朝、家の周辺で記憶に残っている、山や谷を訪ね歩いてみた。実家のある吉見集落は、四方が山に囲まれた谷間にある。

 山といっても、多くは拓かれてみかん山と化している。だから、みかん山に登って反対側を眺望するのだ。しかし、その努力の甲斐もなく、山桜の花には出会えなかった。

 午後は弟が援助の手をさしのべてくれ、有田川町の谷のあちこちをドライブできた。
 我が家の東南の方にある、国道424号線で田辺の方に向かい、長い白馬(しらま)トンネルを抜けて、とうとう日高郡の旧美山(みやま)村にまで着いた。
 ここは日高郡龍神村のさらに奧で、標高も高く、もちろん桜の開花は遅い。

『写真:みかん山が続く吉見集落。低い山だが斜度がきつい』

 きょうはここまでと、戻ることにした。
 白馬トンネルを抜けると、有田郡の一方の境である宇井苔(ういごけ)集落で、深く長い谷が続く。「有為の奥山」ということばが浮かんで来た。そこから戻って二つ目の集落を「松原」と言い、私の友人の瀧アツミさんの家がある。

 高校時代は、このあたりは1本の細い道があるのみで、片側は崖になっていて、眼下に有田川の流れが見える。あっちゃんはこの道を通り、1時間以上もかけて、自転車通学をしていたのだ。50年近く経って、友の日々の行き帰りを思うと、恐怖心で山桜どころではなくなってしまった。

「この道こわい。早く帰ろう」
 と弟に言ったが、弟は慣れたハンドルさばきで、今度は別の谷の入り口まで連れて行ってくれた。そこは「西が峯」で、級友の鍛地くんの家がある。ここも、片方が崖の、細くて急な坂道だ。

 私は「いやあ、おおきに。もうええわ、はよいなんけ(早く帰ろう)」と、まだ案内しようとする弟を急かせて帰ってきた。



『写真:高校3年の元日の山登り。千葉山頂上にて。前列左と後列左の男性は、すでに故人である。 

 高校3年の元日に、クラスの仲良しグループの8人が、揃って有田川の河口近くの、千葉山(せんばやま)に登った記憶がよみがえった。
 山の頂から、私の住む吉見の集落が見えた。1本の坂道が吉見にむかって、蛇のようにくねらせて這っている。「家(うち)はあんな場所やったんか」と、ことばに表しきれない思いがこみ上げてきた。
 しかし、友人の何人かは、もっと奥地の人だったのだ。

 30年ほど前になるが、ある会合で同席した男性が、「私は伊豆の山奥で育ったので、すり鉢型思考というのか、高みの向こうを知りたくなる」と言った。その言葉に私も同感だった。私たちは、山のあなたに憧れたのだ。

 ふたたび桜の話。希望を棄てなければ、いつかかは実現できる。3月28日に弟夫婦と妹と4人で白浜へ行った。実家を出て、藤並から、国道42号線を南下して白浜に向かった。
 津木のトンネルを抜けると日高郡だ。日高川にさしかかるあたりから、山桜の花が視界に飛び込んできた。やっぱり南紀だ、やっと桜に会えたと喜んだ。しかし、染井吉野のつぼみは、固く結んだままだった。

 私の今回の帰郷は、山桜のおっかけで終わった。白浜の景勝地に来ても、足の悪い弟に「あそこは前に行ったから、もうええよ」と言って、どこにも立ち寄らず、海岸線を車で通過するだけにとどまった。これ以上を望んだら、山桜もかなしむだろう。

『写真:弟夫婦と妹(前列右) この3人と今回不参加の弟は両親亡き後、物心にわたるパトロンである』

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