寄稿・みんなの作品

【寄稿・エッセイ】 人形たちの供養 = 金田絢子

 わが家のちかくに、急勾配の「天神坂」がある。ちなみに坂の名の由来は、菅原道真の祠があったからとされる。
 ずっと以前、買物の帰りにこの坂をのぼったことがある。坂に足を踏み入れた刹那、自転車に小さい子を乗せた母親が、ケイタイをかけながら猛スピードで降りてきた。私は「バカヤロウ」と怒鳴った。
 こうした手合いには、あれ以来会っていない。それは私が歳をとって坂を避けて歩いているからかもしれない。

 うちの周囲は坂の多いところだが、天神坂は急な点で群をぬいている。それでも清正公(覚林寺)のお祭りには、日頃人もまばらな坂道に露店が並び、大勢の人で賑わう。

 坂をあがりきったあたりに、どことなく時代がかった葬儀社がある。昨年(平成二十八年)の十月下旬に、たまたまその前を通りかかった末の娘が、いい知らせを持ってきた。

 お払い箱にしたい人形の供養をしてくれるという。私がかつて何体か持て余している日本人形があると話したことがあった。店の貼紙をスマホに写してきて見せてくれた。カラーの写真がついているが、殆どがぬいぐるみなのにびっくりする。目を凝らすと、赤いおべべの日本人形も写っているので安心した。

 受付は、十一月五日土曜日十時半からである。うちから、坂のてっぺんまでまっすぐに行ける平らな道があるので具合がいい。

 私は、ベッドわきの人形ケースを引き出し、俄かに忙しくなった。人形本体だけを持ってこいという。人形はいずれもケースの床から、ひきぬかないとならない。人形がそんな風にして立っていたのだと、初めて知る。

 四、五日して葬儀社を、前もって見ておこうと思い立った。案内を乞うと男の人と女の人と二人出てきて、愛想よく応対した。
「じゃあ、十時半に持ってきます」
「お経は三時半からです。三時ごろお持ちになってはいかがですか」
「お預けしてすぐに帰ってはいけませんか」
 と私が質問したからである。


 さて、私が物事を処すのに、誰の手も借りずにやるなんて、未だかつてない。多分に、緊張していたのか、興奮していたかのどちらかである。落ち着かない気持ちのまま、その日が来た。
 都合よく、納戸にあった紙袋に人形を入れ、ごく小さいトートバッグに二千円の入った封筒を入れた。“いざ出陣”である。ところが着いてみると
「(供養は)あしたですが」
 と言われた。
 あがっている証拠に、土曜だと早合点して颯爽(?)と家を出たのだ。幸い、「お預かりします」と言ってもらえた。
 既に事務所の隣の部屋に、お布施の箱が置かれ、祭壇も準備されていた。丸いテーブルがいくつか並んでいる。茶菓を振舞うからだろう。

 私は、まだ二つ三つある日本人形と、ぬいぐるみの行く先きを思って、こうした催しは来年もあるのかと尋ねた。これまでにもずっと行なっているのだという。天神坂が難所でなかったら、貼紙に気がついた年だってあったに違いないと思うとちょっぴりおかしかった。

 今回、ひと仕事終えてよかったと、胸なでおろしながら、なにかしら淋しかった。長く一緒に暮らした人形たちへの、愛着のせいだったろう。


           イラスト:Googleイラスト・フリーより

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