寄稿・みんなの作品

生(なま)が最高 = 和田 譲次 

 生が好きだというと、皆さん方は、私がビールは生を好み、新鮮な魚介類や肉も生で食べるのが好きだと思われる。飲食に関わることではなく、音楽や演劇など趣味の世界のことである。

 私は、生まれついての音楽好きで、聴き手だけではなく自分で音も出している。仕事や諸団体の活動を離れた今、音楽が生活の一部どころか殆どを占めている。
先日、中高時代の仲間との昼食会の席で、私が注がれたビールを殆ど口にしないのを気にして、となりに座った西村が、
「体の具合が悪いの」
 と、心配して声をかけてきた。

「このところ体調は安定しているよ」
 仲間に心配させてもいけないと思い、音楽会のチケットを取り出して見せた。


「夕方から音楽会があるので飲めないのだよ」
「なに、これオーケストラのコンサートが二万円以上もするの」
 と、あきれられた。CDやDVDなら二、三千円で同じ音楽が聴けるのにどうして、そんなお金を使うの、などいろいろな意見が出た。
「ライブの魅力にはまってしまったのだよ」
 と、会場で聴く音の魅力をといた。
「わかるな、私は落語は寄席で観るのが好きだ」
 と言う意見に続いて、
「私は歌舞伎が好きで、良い席が取れなくても歌舞伎座で観たいわ」
 と言う女性の発言の後、テレビ観戦か現場へ足を運ぶかと言うことで議論が沸いた。

 年寄りのサッカーファンがいて、まずスタジアムへ足を運び、勝った試合は後でビデオも見るという。サポーターの中で大声を張りあげて応援することが自分の健康の維持に役立っていると言う。

「音楽会場や芝居小屋でも、多くの聴衆の中で観たり聴いたりしたほうが臨場感があり。気持ちが高揚するよ」
 と言う私の意見でひとまず議論は収まった。
 少し体調が悪くても、前もって購入したチケットがあれば出かける。どうしてこんなに熱心になったのだろう。歳をとるごとにこの傾向は強くなってきている。


 この二十数年の間に東京には、サントリーホールをはじめ、オペラシティ、ミューザ川崎など、世界的にみても一流のコンサートホールが出現した。ここで、オーケストラ音楽を聴くと、今まで聞きなじんでいた音楽のイメージが一変する。全身が音に包まれ、自分も演奏に参加しているような気分になる。
 良い会場のおかげで、そこで演奏するオーケストラのレベルも向上し、東京のメジャーのオーケストラは欧米一流のそれらと比較して、見劣りしない音が出せるようになった。このような状況の中で、今、オールド音楽ファンで音楽会場があふれている。興行者たちもこの事態を見て、平日の昼間の公演を増やしてきている。

 私がライブにこだわるのは、音楽や芝居など、観客の中に身をおくと、お互いに脳からエネルギーを発散しているようで、会場内が熱いムードで覆われ、高揚感がましてくる。間合いの静寂、終了時の熱狂、知らない人同士でも「良かったですね」と言葉を出さなくても通じ合っている。

 昨年一年の日程表を見ると、音楽会に五十回以上通っている。中には招待いただいて出向いたものもあるが、半病人ながらよく出かけたものだと思う。このほか。音楽会への出演、そのための練習などもあり、おおきな楽器を抱えて出かける私を、家内は不安そうに見ていたが、今では気にしないどころか安心している。音楽に関心が薄れたら先が長くないと判断しているのだろう。

 私は生身の人間だ。家で静かに読書や音楽を聴く姿は私らしくない。仲間と好きなことに取り組んでいたほうが体にはよさそうだ。
                                 (了)

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