A040-寄稿・みんなの作品

【寄稿・(孔雀船)詩集より】 八月のくぼみーまえばし = 船越素子

  1

その夏、初めてという時間が

朔太郎さんのまえばしで

それは駅前のロータリーから始まる

「熱風の後にー思索は情緒の悲しい追憶にすぎない」

追憶についてはきっと


地方都市だから わたしの街も

台風到来のうわさとともに

フォークナーへとむかってくる

聞こえるのは失われた音の集積

孵化し蠢く蚕や

女たちのざわめき

八月の光がわたしの胸を射る 

真昼のからっぽの大通りを

書きかけのサーガを抱きしめ歩く
 
 2

欅の街路樹にひきよせられたのは

肋骨のあたり 

燻されていたのだ

汗が したたり落ちてくるというのに

くるり くぼみを反転させる

台風と気象予報士の

不穏で孤独な手続きがよぎる

ブログでもツイッターでもない

手帖であるべき理由を胸の内で一〇個考える

歩き続けるしかないから そこへは

「広瀬川白く流れたり」

  3

ゴーストタウンなのか

通行人1と3のあとで

4になれないわたしが狼狽えている

尾行するものらも

気にかかる

獣と草いきれの匂いがしたから

(蚊帳吊り草、雄ひじわ、えのころ草、ねじばなも)

猫町を猫足で歩く気配のひとよ

  4

ついとあたりをみわたすと

まだ新しい無人ビルが

みずうみのような

かなしみでみたされている

くぼみが水でみちると

八月の ひたひた 

水脈はわたしの胸にたどりつく

いつまで この旅は続くのだろう

そこが曠野であれば

あたらしい光が

また差し込んでくるのだろうか 


八月のくぼみーまえばし 船越素子 縦書PDF 

【関連情報】

孔雀船は1971年に創刊された、40年以上の歴史がある詩誌です。

「孔雀船」頒価700円
発行所 孔雀船詩社編集室
発行責任者:望月苑巳

〒185-0031
東京都国分寺市富士本1-11-40
TEL&FAX 042(577)0738

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