【寄稿・(孔雀船)詩集より】 八月のくぼみーまえばし = 船越素子
更新日:2017年2月 3日
1
その夏、初めてという時間が
朔太郎さんのまえばしで
それは駅前のロータリーから始まる
「熱風の後にー思索は情緒の悲しい追憶にすぎない」
追憶についてはきっと
台風到来のうわさとともに
フォークナーへとむかってくる
聞こえるのは失われた音の集積
孵化し蠢く蚕や
女たちのざわめき
八月の光がわたしの胸を射る
真昼のからっぽの大通りを
書きかけのサーガを抱きしめ歩く
2
欅の街路樹にひきよせられたのは
肋骨のあたり
燻されていたのだ
汗が したたり落ちてくるというのに
くるり くぼみを反転させる
台風と気象予報士の
不穏で孤独な手続きがよぎる
ブログでもツイッターでもない
手帖であるべき理由を胸の内で一〇個考える
歩き続けるしかないから そこへは
「広瀬川白く流れたり」
3
ゴーストタウンなのか
通行人1と3のあとで
4になれないわたしが狼狽えている
尾行するものらも
気にかかる
獣と草いきれの匂いがしたから
(蚊帳吊り草、雄ひじわ、えのころ草、ねじばなも)
猫町を猫足で歩く気配のひとよ
4
ついとあたりをみわたすと
まだ新しい無人ビルが
みずうみのような
かなしみでみたされている
くぼみが水でみちると
八月の ひたひた
水脈はわたしの胸にたどりつく
いつまで この旅は続くのだろう
そこが曠野であれば
あたらしい光が
また差し込んでくるのだろうか
【関連情報】
孔雀船は1971年に創刊された、40年以上の歴史がある詩誌です。
「孔雀船」頒価700円
発行所 孔雀船詩社編集室
発行責任者:望月苑巳
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