【寄稿・(孔雀船)詩集より】 抱擁の標本 = 望月苑巳
更新日:2017年2月 3日
さくらのはなびらにじゃれつく猫
猫の暗闇にぼく
とうの昔に夜店で失ったものがそこにある
柔らかな毛並みを抱くと
温かいいのちがはらりと
夢の外へ逃げてゆく
昨日買った手帳にその夢を貼りつける
抱擁を貼りつける
喜びの源はぼくの内側にあったと
その時、気づく
いのちの回数券が減ってゆくように
はらり
はら
り
さくらは散る時、宙で背を向けるだけなのに
テロメアは
背を向けないまま
弟の命日にじゃれついたのか
これみよがしに
黙々と目を伏せている散華
一枚落ちるたびに生を願い
死を思う
一枚裏返るたびに
一歳、歳をとり
一歳若返る気がする
その弥生は
人を狂わせるだけに存在するようだ
夢の外の闇だまりにはまりこんで
またさくらと、ダンスに興じている
猫が
腕の中でチコンと標本になっているので
ぼくはつるりと泣きだしてしまう
*テロメア=命の回数券とよばれる。染色体の先端にあり
細胞分裂を繰り返すたびにこの部分は短くなって、死んでゆく。
【関連情報】
孔雀船は1971年に創刊された、40年以上の歴史がある詩誌です。
「孔雀船」頒価700円
発行所 孔雀船詩社編集室
発行責任者:望月苑巳
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