A040-寄稿・みんなの作品

【孔雀船88号より】 空と風、海のこと、川のこと = 脇川郁也


初夏の空に音もなく

ジェット機の影が

真っ白な糸を西に向かって引いています

古ぼけたポストのある郵便局の軒を抜けて

つばめと

五月の風がそれを追います


散歩の帰り際

ふいに見上げた先に

ひこうき雲がひとすじ描き出され

ぼくが戸惑っているのは

きみを突然に失ったからだけではありません

ぼくの心の奥のその中に

きみに呼びかける声がするのです


覚えていますか

志賀島をめぐる湾曲した道を歩き

だれも知らない浜に降りて

いっぽんの流木を旗のように打ち立てた日のことを

潮風に吹かれてたなびくぼくらの歓声が

釜山に向かう高速艇の青ざめた航跡を

どこまでも追いかけていったことを


手のひらにすくい

指の間から滑り落ちる砂粒の感触を

ずっと覚えておこうとぼくたちは誓った

けれど

知らぬ間に降り積み

とたんに崩れはじめる砂山の

ゆるやかなふくらみ

名前もない一日の午後に

ふたりだけで聞いた潮騒

くりかえし

海のにおいが押し寄せてきて

ぼくたちは溺れてしまうのだった

濃くなってゆく夕焼けにあきれながら

足の先から海に溶け出す錯覚を

くりかえし

楽しんだ


御笠川のよどみを

鴨の親子が滑っていきます

うち捨てられた自転車のハンドルが

川底の砂に刺さって鳥の首のように見えています

井堰から流れ落ちる水の音で

妻の声が聞こえませんでした

夕食のおかずのことのようにも

地震で倒れた墓石のことのようにも聞こえるので

ぼんやりと視線を返すことしか

ぼくはできないでいるのです


【関連情報】

空と風、海のこと、川のこと  縦書き : PDF


孔雀船は1971年に創刊された、40年以上の歴史がある詩誌です。

「孔雀船」頒価700円
発行所 孔雀船詩社編集室
発行責任者:望月苑巳

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