【孔雀船88号より】 空と風、海のこと、川のこと = 脇川郁也
更新日:2016年8月28日
ジェット機の影が
真っ白な糸を西に向かって引いています
古ぼけたポストのある郵便局の軒を抜けて
つばめと
五月の風がそれを追います
散歩の帰り際
ふいに見上げた先に
ひこうき雲がひとすじ描き出され
ぼくが戸惑っているのは
きみを突然に失ったからだけではありません
ぼくの心の奥のその中に
きみに呼びかける声がするのです
覚えていますか
志賀島をめぐる湾曲した道を歩き
だれも知らない浜に降りて
いっぽんの流木を旗のように打ち立てた日のことを
潮風に吹かれてたなびくぼくらの歓声が
釜山に向かう高速艇の青ざめた航跡を
どこまでも追いかけていったことを
手のひらにすくい
指の間から滑り落ちる砂粒の感触を
ずっと覚えておこうとぼくたちは誓った
けれど
知らぬ間に降り積み
とたんに崩れはじめる砂山の
ゆるやかなふくらみ
名前もない一日の午後に
ふたりだけで聞いた潮騒
くりかえし
海のにおいが押し寄せてきて
ぼくたちは溺れてしまうのだった
濃くなってゆく夕焼けにあきれながら
足の先から海に溶け出す錯覚を
くりかえし
楽しんだ
御笠川のよどみを
鴨の親子が滑っていきます
うち捨てられた自転車のハンドルが
川底の砂に刺さって鳥の首のように見えています
井堰から流れ落ちる水の音で
妻の声が聞こえませんでした
夕食のおかずのことのようにも
地震で倒れた墓石のことのようにも聞こえるので
ぼんやりと視線を返すことしか
ぼくはできないでいるのです
【関連情報】
孔雀船は1971年に創刊された、40年以上の歴史がある詩誌です。
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